櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
◆
次の日から、彼は一人森をさまよった。
自分が何者かも何をしたらいいのかも、一つたりと分からぬまま。
それでも生き物の本能は働く。
生きるために食べることを覚えた
川の水を飲み、辺りに食べれそうなものはなんでも口にした。
土はまずかった
木や葉っぱは変な味がした
花は少し甘くて美味しかった
虫だって食べた。
それからウサギやネズミのような自分より小さな動く生き物にも手も出すようになった。
だけど食べた時口の中に鉄の味が広がって、あまり好きにはなれなかった。
時には変なものにあたってお腹を壊したり何日も動けなくなることだってあったが、そうやって食べていいものと悪いものを覚えていった
そうせざるを得なかったのだ
誰も、何も、教えてくれない
ずっとずっと、一人ぼっちだったから
自分よりはるかに大きな生き物から追われる事もあった。
人狼は本来成長が早い
しかし彼は十分な栄養がほとんど摂れず、いつも一日一日をぎりぎりで生きていた為、全くと言っていいほど成長が見られなかった
野生のウサギより一回り上回る程度の大きさしかなかった彼は、クマや狼の格好のエサと成り得た。
故に、ある日彼はとうとう命を狙われた
食べられそうになった。
その時、初めて気が付いた
自分の身体がおかしいと。
大きな大きな獣が口を開け、鋭い牙を剥き出しにして彼に噛みついた。
しかし、その牙は彼の身体に突き刺さる前に、粉々に砕け散ってしまったのだ。
血も流れなかった。
逃げていく獣の後ろ姿を見ながら、彼は悟った。
自分はきっと、誰にも、傷つけられない。
それと同時に知った。
命を狙われる恐怖を、襲われる怖さを。
それ以降、彼が動物を食べることはなくなった。