櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
肉を食べなくなった彼は、その日からますます痩せこけていった。
水を飲み、草を食べ、一人でふらふらと歩く。
目はかすみ足はおぼつかなく、呼吸が苦しくなっていく
一息ひと息が命懸け
弱った獲物だと思った狼やら狐やらが襲ってくることもあったが、自分の体を覆う鋼鉄にさえ勝る硬い毛で、意図することなく撃退した。
そのたびに自身の毛で傷ついた場所から赤い血が滴り落ちる。
鉄の匂いをさせるそれから逃げるように、ただひたすら森の中を小さな身体で歩き続けた。
そして、ある夜
とうとう彼は力尽きた。
棒切れのような足はもう立ち上がる力もなく、目も鼻も耳も何も感じなくなってしまった。
訳も分からずこの世界に生まれ
生きるという意味も解らぬまま
己が何かを知る事なく
名もなき彼は命を枯らす
彼は確かに『生きていた』が、
その短すぎる生涯は『死んでいた』も同然だった
それでも彼は歩き続けた
生きたかったのだ
自分が何者か知らなくても、
たった一人で寂しくても、
ここがどこか、夜の闇に光るものが何か分からなくても
彼の願いは一つだけ
生きたかった
そして、その小さな小さな人狼は
人の体に成ることもなく、
獣の姿で横たわる。
もう物を映す余力すら残っていなかった彼の瞳は
最後まで夜の星達に憧れ、
静かにまぶたを閉じた。
これから、運命の出会いが待っているとも知らずに───