櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
不思議と怖さはなかった
「起きたの?身体...痛くない?」
「??」
言葉は分からなかったけど。
「お腹、減ってない...?これ、ミルク。飲んで」
そう言って甘い香りのするそれを差し出してくる。
何を言っているかは分からなかったが、倒れてから一切何も口にしていない彼にとってその香しい香りは、空っぽのお腹を無性に刺激した
鼻を近づけ、くんくんと匂いをかぐ
それでもなかなか口を付けずにいると、白い少女が身を乗り出してきた
そして
ペロ、とミルクをすくい取って舐めた。
「......」
「...美味しいよ」
そうやって何度も同じ動作を繰り返す。
怖くないと、教えるために。
効果があったのか、彼はそろりと注意深く顔を近づけて、小さく舌を出しペロとミルクをなめた。
その瞬間
口の中に広がった甘くまろやかで、今まで味わったことのない絶品のそれに
彼はその目を見開き、ぱああっと表情を輝かせた
「......!!」
「ね、美味しいでしょ、...もっと飲んでいいよ...」
彼女はその後も、彼の傍に居続けた。
順調に減っていくミルク
なくなる度につぎ足され、彼の空っぽの胃袋を潤していく。
「ちゃんと食べなきゃね...痩せすぎだよ。死んじゃうとこだったんだから...」
白い少女はそう言って、固い表情を不器用に崩して笑みを浮かべる。
当時まだ六歳だったルミア
魔法学校に入学する前だった彼女は、入学前恒例の訓練合宿に勤しんでいた。
王都郊外にあるプリ―ストン家の別荘
魔法を使う戦闘訓練用に対応したその場所の、裏手に広がる深い森のふもとに彼はいた。
今にも死に絶えそうなボロボロの小さな獣を抱き上げ、ルミアは駆ける。
急いで泥や血で汚れた身体を洗い、温かな毛布にくるみ、一晩中傍で世話をしたのだ。
今じゃ考えられないが、その頃の彼女は表情が乏しく、笑うことなど一切なかった。
それでも彼を安心させるために、必死に笑った。
へたくそな笑みは、彼の目に美しく映ったという