櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ






 不思議と怖さはなかった





「起きたの?身体...痛くない?」


「??」



 言葉は分からなかったけど。



「お腹、減ってない...?これ、ミルク。飲んで」



 そう言って甘い香りのするそれを差し出してくる。


 何を言っているかは分からなかったが、倒れてから一切何も口にしていない彼にとってその香しい香りは、空っぽのお腹を無性に刺激した


 鼻を近づけ、くんくんと匂いをかぐ


 それでもなかなか口を付けずにいると、白い少女が身を乗り出してきた



 そして



 ペロ、とミルクをすくい取って舐めた。


 

「......」


「...美味しいよ」



 そうやって何度も同じ動作を繰り返す。


 怖くないと、教えるために。


 効果があったのか、彼はそろりと注意深く顔を近づけて、小さく舌を出しペロとミルクをなめた。




 その瞬間


 口の中に広がった甘くまろやかで、今まで味わったことのない絶品のそれに


 彼はその目を見開き、ぱああっと表情を輝かせた




「......!!」 


「ね、美味しいでしょ、...もっと飲んでいいよ...」




 彼女はその後も、彼の傍に居続けた。


 順調に減っていくミルク


 なくなる度につぎ足され、彼の空っぽの胃袋を潤していく。



「ちゃんと食べなきゃね...痩せすぎだよ。死んじゃうとこだったんだから...」



 白い少女はそう言って、固い表情を不器用に崩して笑みを浮かべる。 



 当時まだ六歳だったルミア



 魔法学校に入学する前だった彼女は、入学前恒例の訓練合宿に勤しんでいた。


 王都郊外にあるプリ―ストン家の別荘


 魔法を使う戦闘訓練用に対応したその場所の、裏手に広がる深い森のふもとに彼はいた。


 今にも死に絶えそうなボロボロの小さな獣を抱き上げ、ルミアは駆ける。


 急いで泥や血で汚れた身体を洗い、温かな毛布にくるみ、一晩中傍で世話をしたのだ。



 今じゃ考えられないが、その頃の彼女は表情が乏しく、笑うことなど一切なかった。


 それでも彼を安心させるために、必死に笑った。


 へたくそな笑みは、彼の目に美しく映ったという



< 121 / 208 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop