櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
その日から彼の、イーリスの毎日は一変した
いつも一人ぼっちで寂しかった日々はそこにはなく
隣には彼女がいてくれた
暗い闇も、襲われる恐怖も、孤独もすべてが消え失せ
暖かな場所で甘いミルクに喉を潤し、安心して静かな時を過ごす
日中、部屋に一人になることもあったが
その時は必ず、ルミアがキラキラ真っ白の蝶々を残していった
ルミアが魔法で作った雪の結晶の蝶々
『六花蝶』と名付けられたそれはルミアと同じ匂いをは感じさせ、イーリスを安心させるように辺りをくるくる飛び回り、時にイーリスの体に留まって羽を休めた
その蝶たちのおかげで、寂しい感じることは無かった
夕刻になるとルミアはミルクをもって部屋にやって来る。
栄養価の高いミルクをたっぷりと飲み、どんどん健康的になっていくイーリス
細かった腕や体は健康的なしっかりとしたものに
体格も小型犬程度には大きくなった
夜も深くなり眠るころになると、ルミアはたくさんある本の中から絵本を持ってきて、イーリスの隣に寝ころび本を読んでくれた
人狼は本来人と同じ知能を持つ
それを知ってか知らずか、毎晩彼女がそうしてくれたおかげでイーリスは瞬く間に人の言葉を覚えていった
ルミアが何を言っているかも少しずつ理解できるようになり、自分がイーリスと言う名をもらったことも知った
「イーリス」
ルミアが、その美しい声で名を呼ぶ。
それが嬉しくて嬉しくて
イーリスはそのたびに彼女にすり寄り、尻尾を大きく振った
そんなイーリスには一つだけ気になることが。
夕暮れ時、ミルクとパンを持ってきたルミア
「ただいまイーリス、今日は遅くなっちゃった...ごめんね」
イーリスはトコトコ彼女のそばにすり寄る。
いつものように自身の頭を撫でてれる、彼女の白く優しい手
しかし彼女のその手は傷だらけだった
絆創膏や包帯で隠してはいるが、それだけでは隠し切れない小さな傷が嫌でも目に入る。
イーリスはミルクを飲むのも忘れ、その傷をなめた。
血の、鉄の味がしたが、それでもなお続ける。
動物の本能に従うように。
その優しさに溢れた行為を、ルミアは嬉しそうに見つめていた。