櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
むくむくと体が大きくなる
髪と同じ、赤毛に似た明るい茶髪で覆われたその体は
高密度の魔力を全身に纏い、その濃度差でまるで蜃気楼のように空気を揺らす
目の前の人狼には目劣りするものの、ルミアと出会った頃に比べれば何倍も大きな獣になっていた。
翡翠色の瞳を吊り上げ
怒りのままにイーリスは自分以上の大きさの人狼の喉元に噛みついた。
鋭く尖った牙が喉に深く、深く、食い込む。
当然人狼はあがいた。
しかし、この時のイーリスは先ほどまでと訳が違う。
世界的にも希少種の岩石の魔力により世界最高の鎧と鉾を手にした人狼だ。
すぐに引きはがそうとするが、身体を掴めば毛に触れた個所から傷だらけになっていく上
爪を立てようが、牙をむこうが、イーリスの身体は傷つかない
抵抗すればするほど深みにはまっていく。
ルミアにより氷漬けにされたことが追い打ちをかけ、
大量の血を失った人狼は、しだいに力を失っていったのだった
...
ルミアは規則的な揺れで目を覚ました。
何かに寄りかかっているようで、起き上がろうとするがズキリと腰に痛みが走り小さく呻いた。
「...ルミ?起きた?」
「イタタ...あれ、イーリス」
ルミアがいたのはイーリスの背の上だった。
人の姿に戻ったイーリスは気を失ったままのルミアを背負い、森を抜けるために歩みを進めていた
「さっきの...大きな獣は?」
「大丈夫。倒したよ...ルミアが来てくれたおかげ」
その言葉を聞いてルミアはほっと息をついた。
そして気づく
彼が血だらけだという事に
「イーリス、ちょっと待って!」
「え?」
「おろして」
「ええ、な、何で...」
「おーろーしーてーー!」
「ええぇ...」
戸惑いながらも、イーリス自身さすがに疲れたのかルミアを下ろし、自分も隣に腰を下ろす。
明らかな貧血だ。
人の姿のままのイーリスの身体は、上半身は裸、下は辛うじて無事だったずたぼろのズボンを身に付けている、
さらされた肌は傷だらけ、
頬の傷から止まることなく流れる血が彼の身体をしとどに濡らしていた。
どうやら人狼の爪や牙には彼らだけの特別な『毒』があるらしい
傷をつけた個所の治癒を止める毒
怪我自体は軽傷でも、傷は塞がることなく血を流し続け、やがて死に至る。
人狼は獣の血が流れているため人よりいくらか頑丈で回復は早いがこのままではまずい。
「治療、しなきゃ...」
そう呟いたルミアは、ちょっと待っててねと言ってギュッと目を閉じた。