櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
「俺が特殊部隊に入った時の話だ」
「…イーリスさんが?」
「ああ。ユウが特殊部隊の騎士になりたいと思ってこうやって頑張っているのと同じように、俺にだってここ至るまでの経緯はある。当然だろ?」
「そ、そうですよね」
ユウは苦笑い。
そりゃそうだ。始めからいたわけじゃない。
「……十年前…いや、九年前か。常春の王国では珍しく、酷く分厚い灰色の雲が空を覆い豪雨が地面を叩きつける、そんな日に、俺は特殊部隊の騎士になった」
あの日の事はよく覚えていない。
正直なところ騎士になりたかったわけでもなかったし、その頃は心が荒れていて物事に一喜一憂できるほど余裕がなかった。
「そのちょうど一年前、俺はとても大事な人を亡くした。世界で一番大切で、他の何物にも変え難い人を亡くしたんだ。当時国を騒がせていた殺人鬼に殺された」
「…そんな…!」
「亡くなったのを知ったのは、その人の帰りを家で待っていた時だった」
「じゃあ…騎士になったのはその犯人を捕まえるため?」
「いや、犯人はすぐに捕まったよ。亡くなったと知った時には既にね。優秀だったんだその人は、自らの死と引き換えに犯人を捕らえた」
「…凄い人だったんですね」
「ああ。とても強くて、優しくて、美しくて、俺を救ってくれた大切な人だった…大好きだった…」
そう呟くイーリスの目を見たユウは、思わずドキッとしてしまう。
ほんのり頬を染め、愛おしそうに目を細める。
まるでそう、愛の告白でもしているような。
(イーリスさんもそんな顔するんだ…)
いつもポーカーフェイスと言わんばかりに穏やかな表情を崩さないのに。
驚くユウのことなど気にせず、イーリスは話を続ける。
「…当時の俺には、彼女が全てだった。だから亡くなったと知った時、俺の存在意義は一度消え去った。犯人が捕まっていなければ俺はそいつを殺しに行っただろう。だがそれも出来ない。残ったのは無力だった自分への怒りと恨みと後悔だけだった…」
「……」
「気づいたら俺は…本来の姿で森の中を走っていた。獣の姿でな。何日も何日も走り続け、木々を薙ぎ倒しいくつもの森を破壊した。ほとんど無意識だった、暴走してたから。そんな時、俺の前にジンノが現れた」
「ジンノさんが…?」
「ああ。もう少しで人の居る街を襲いかけそうになった時、あいつが俺の前に立ちはだかった。そして俺を止めて言ったんだ」
『俺と一緒に来い、お前の怒りも悔しさも分かる。だれよりも俺が理解してる。力があるからこそ何倍も悔しい。何故守れなかったのか、何故その場に居なかったのか。…だが後悔したところで死んだ人間は戻ってこない、それはお前が一番よく分かっているだろう』
怒りも、口惜しさも、何も忘れなくていい。
獣の本性に身を任せて街を襲い、罪のない人を殺すぐらいなら、俺と来い。
『その強さと怒りを向ける場所を俺が与えてやる』
「ジンノさんが…そんなことを…」
「ああ。ちょうど特殊部隊の再編成をする頃だったんだ。ジンノは探していたんだと思う、自分と同じ強さと怒りを持った人間を。『怒り』は何よりの力になる、特に自分に対する『怒り』はね。…俺は言われるがままジンノとフェルダンに戻った。そして特殊部隊に入るために、今のお前と同じようにただただ必死に戦った。何度もジンノに倒されたよ。それでも立ち上がった。俺にはそれしかできなかったからだ」
そして俺は特殊部隊に入った。
「…何の達成感もなかったよ。元々、弱い自分に対する怒りの衝動だけで戦っていたから。だけど、実際に戦場に立って仲間と戦った時、仲間を守った時、ほんの少しだけ報われた気がした。俺がいたから彼らは救われたと」
「それが今の…特殊部隊に居る理由なんですね…」
「ああ。俺は彼女に生きる目的を与えられ、ジンノに闘う意味を教えられた。俺が特殊部隊に居るのは俺にしか守れない人を守る為、生きる理由は俺の大切な二人がここに居るからだ」