櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
「いーやーー!!離してくださいーー!!」
「さあさあ、こちらへ。残りあと六時間程度で終わりますから!」
「もういやああ!!助けてネロ~~!」
半泣きで手を伸ばし助けを求めるルミに、ネロは仕方ないと助け船を。
「すいません、メイドさん達」
「はい?」
「失礼ですが、彼女は根っからの騎士です。こうやって部屋に籠ってることがほとんどないんですよ。ほんの一時間だけでいいんです、彼女に息抜きの時間を与えてください。身体を動かせる時間を。そうすれば六時間、彼女は嫌がることなく貴女方の望む『お人形』になってくれるはずです」
ネロの言葉を聞いたメイド達はしばらく顔を見合わせ、ようやくルミアは解放されたのだった。
◆
「ううぅ…ネロありがとう…ひっく」
「もう、泣くなよミア…泣き顔なんてみたら皆ビックリするって」
「うん…」
闘技場に向かっててくてく歩く二人。
ようやくルミの目の赤みが引いてきたころ、ネロはポツリとつぶやいた。
「そうか…ミア嬢も貴族になるのか…」
「…ネロも?」
「ああ、そんなとこ。フィンス家に籍を移せって。当主になるのは断ったよ」
「ぐすっ、私もクリス家の当主にって言われたけど全力で拒否した。最後は兄さんの一押し」
「あはは…そりゃあ確実だ…」
開け放たれた窓から爽やかな風が抜ける。
サクラの花びらを乗せて。
「…シェイラさんに会ってない、最近は兄さんにも」
「みんなこの時期は大変なんだ。特に今年は開催国だからバタバタして当然だろ?」
「そうだよね…貴族なんかになったらもっと皆と会えなくなるのかなあ」
「…そうかもな」
二人で気落ちしながら歩いていると、いつの間にか闘技場の前に。
そして大きな大きな扉を開ける。
すると、
「しっかり動けテメエら!!!」
「うっさいよジンノ副隊長!あんたものろまの癖に!」
「何だとアポロ!!!いい度胸してんじゃねえか!!かかってこいクソガキ!!」
「ガキじゃねえもん!!」
「おいおい、そこらへんにしときなよジンノ、アポロ。これはユウの訓練なんだぞ」
「アハハ!!いいじゃんイーリスの兄貴!人が多いほうが楽しいしっ!」
「ラウル…ったく頭が痛くなるな。ユウも何か言っていいんだぞ?邪魔すんなって」
「ええ…んな無茶な…」
何とも賑やかな声が中から聞こえてきた。
仕事から抜け出してきたのであろう、シャツ姿でネクタイを緩めたジンノとアポロは毎度のごとく喧嘩をし
先に訓練をしていたイーリスとユウは二人の登場に頭を抱え
途中から訓練に参加する予定だったラウルはケラケラ楽しそうに笑っている。
よく見ればリュカもいるようで、イーリスの隣に座って何も言わずににっこり微笑んでバカ騒ぎを傍観している。
オーリングやアイゼン、ウィズは役所仕事が山積みでここには来ていないようだが、そこは確かに二人の居場所だった。
「あ、ルミ」
いち早く気付いたリュカが声を上げる。
それに反応するように、がちゃがちゃしていた皆の視線が二人の方を向いて。
「あああーー!ルミにネローー!」
「あ、てめ、コラッまだ話は終わってねえ!!!」
アポロが駆けてきて飛び込むように抱き付き、イライラした顔のジンノも髪をかき上げルミたちの元へ。
「ルミア先生…!!」
皆の勢いにたじたじだったユウも、ルミを見た瞬間顔をパアッと明るくさせて駆け寄る。
イーリスやリュカはその場に佇んだままその光景を幸せそうに見つめていた。
ルミアとネロは、彼らに囲まれながら思う。
彼らと共に居れればそれでいい。
自分の地位がどれだけ変わろうと、きっと彼らは何も変わらないのだと
いつも通り馬鹿みたいにはしゃいで、喧嘩して、ふざけて。
彼らとならそんな毎日を過ごせるから。
だから大丈夫。
ルミアとネロは互いに目配せを交わすと、いつもと同じように輪の中に入り大きな声で笑う。
「私たちも混ぜてっ!!動きたりないの!」
「ほんとだよ、その内石になっちまう」
彼らの賑やかな声が闘技場から溢れる様に流れるのだった。