櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
Ⅷ*七人の王
◇
雲一つない、爽やかな青空
頬を撫でる優しい春風
揺れる草木は瑞々しい程の青さを放ち
あちらこちらに桃色の花が咲き誇る
平和だ
平和すぎるくらいこの国は平和だ。
「気抜けする…」
フェルダン王都に向かうアイルドール王国の馬車
その開け放たれた窓から顔を覗かせ、テオドアはポツリと呟いた。
アイルドール王国は他の王国とは異なり、永久的な中立を誓った国。
他国に影響されることも関与することもなく、周りの国々が戦争などを行った場合でも絶対に巻き込まれることはない。傍から見ればフェルダンに負けず劣らず平和な国と言えよう。
しかし逆を言えば、ひとたび国が何らかの目的で侵略されたとき、アイルドール王国には守ってくれる後ろ盾が一切ないという事になる。
つまり、自衛のみが国を守る術となるのだ。
そういった諸々の事情から、一昔前のアイルドール王国は軍だけでなく民間人も常に戦闘態勢であらなければならなかった。自分の身は自分で守らなければならなかったから。
世界最強と謳われる水の結界に守られるようになってからは幾分かその緊張も和らぎ、民間人の武装は解かれたが
軍のトップであるテオドア達は今もなお、自らの国は自分たちだけの力で守らなければならないという緊張感を日々感じながら過ごしている。
だからこそ、フェルダンと言う国の、この何とも言えぬ穏やかさに気が抜けてしまうのだ。
そんなテオドアとは裏腹に、彼の隣では二人の人物がはしゃいでいた。
一人はアイルドール王国第一王子ヨハン、もう一人は彼の父、現アイルドール王国国王シュトラウスである。
ヨハンとよく似た性格のシュトラウスは、国王であるにも関わらず子供のように息子とフェルダンと言う国を満喫していた。
「何をそんなに不満げな顔をするテオドア。落ち着くではないか、このなんとも穏やかな空気、美しき光景。私は好きだがねえ」
「僕も好きだなぁフェルダン。このままこの国に居座りたいぐらい…ふぁあ、なんだか眠くなってきちゃった…」
「国王も眠くなってきちゃった…ひと眠りするから、テオ、あとよろしくネ」
似た者親子二人が勝手な事を言ってむにゃむにゃ眠りに就こうとするので、
すかさずテオドアが二人の頭をポカッと叩く。
「よろしくネ、じゃねーよ。…外見てください、もう着きました」
「え?」
「あれがフェルダンの王都、ルシャの街に繋がる大正門です」
ヨハンとシュトラウスは揃って馬車の窓から身を乗り出し、正面を見る。
アイルドールの数倍はあるであろう、レンガ造りの大きな門を目の前にし、二人は目を輝かせるのだった。