櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
そうこうしていると、時間があっと言う間に過ぎていく。
窓から見える空はすっかり闇に暮れていた。
幾数もの小さな星が瞬いて大きな天の川を形作り、まん丸の月が王都の街を淡く照らしている。。
会議室に設けられたテラス、そこに七人の王は立ち、グロルの愛した夜空を見つめて酔いしれた。
「…いつ見てもフェルダンの夜空は美しいですわね。今年はサクラも咲き、より一層幻想的になったんじゃありません?」
「…闇に住む者としては少々輝きが過ぎると思うが、美麗であることを認めざるを得まい」
「ノワール王が認める夜空だ、誇るべきぞシルベスター殿」
王たちが絶賛するフェルダンの夜空。
シルベスターは嬉しそうに頬を緩める。
「明日はとうとう待ちに待った舞闘会。フェルダンの特殊部隊とて容赦はせんからな」
「…望むところです」
フェルダンに熱い闘志を燃やす国もいれば。
「わたしの国も負けませんからね!とくにアントス王国には!」
「ふん、俺もお前の国には絶対に負けん」
「ちょっと、王同士でいがみ合っても意味ないでしょうが」
変な意地の張り合いで勝負を挑む者も。
最後の最後まで国王らしくない会議だったが、それこそが多くの国民を導く資質の最たるものかもしれない。
王らしくない王。
一人の人として、国民と接することが出来る王。
それが世界を先導する七大国の王の素質ならば、人々は少しがっかりすることだろう。
だが肩肘を張り、建前と見栄だけで政治を行う王より、ずっと素敵な王に違いない。
それが彼ら
七大国の王達なのだ。
さて、今年の国議会も終了か、そんな雰囲気が流れた時。
「少しいいでしょうか?」
と、シルベスターが手を挙げて言った。
皆の視線が一身に集まる中、彼は言う。
「今年の国議会はこれで終了になるわけですが、最後に一つだけ私から言わなければならないことがあります」
そう言うと、一つ深呼吸をして緊張した面持ちのまま、ゆっくりと口を開いた。
「私は近いうちに国王の座を降りようと思っています」
「!!!」
当然、その場に居た皆が驚く。
シルベスターが国王になったのは約一年前。
それ以前から王としての仕事を一任されていたため実際に働いていた期間はずっと長いが、早すぎる王座の交代は、言葉を失うほど驚愕するのに十分な衝撃を与えた。
それだけシルベスターと言う男が王として優秀だったという事でもある。
「どうしたんだシルベスター王。何か責任を取らされるような不測の事態でもあったか?」
「いいえ、そうじゃありません。私は元々、王座に就くと決めた時からこうするつもりでした。来るべき時が来れば、王座を降りようと」
フェルダンにはこのような伝説があります
《神》の血を受け継ぐ伝説の御子現れし時、国は再びサクラの花に包まれ
《真の王》となりて、永久の平和をもたらすだろう――
「フェルダンに再びサクラをもたらしたのは、私の弟です。彼が生まれた時からずっと、未来の王となるべきは弟なのだと思っていました。王座に就くべきは彼だと。それは今でも変わりません。
だから私は王座を降ります。私よりも国を愛し、人を愛し、平和をもたらす者がそこにいるから
まあ、本人の了承が取れないと話にならないんですけどね。
シルベスターはそう言うとにっこり笑って、窓の外を見る。
いまだ驚きの抜けきれない王たちの視線を感じながら、達成感に満ち満ちた笑みを湛え眩く光る夜空の星々を、ただじっと見つめるのだった。
本当に王座が代わるのは、もう数年、先のお話―――