櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
「ここに居るのすぐにばれそう?」
「どうでしょう、今はまだ庭の入り口にいるみたいですが、彼のまわりには迷子の弟と好奇心旺盛な王子がいるようですからねえ。人を探すのはお得意なのでは?」
「…確かに。テオは僕を見つけるのめちゃくちゃ早いんだ…怖いぐらい」
「ふふっきっと秘策があるんですよ。かく言う私も人を探すのは得意ですから少々かく乱させましょうか?」
「出来るの!?」
「ええ。一つお召し物をお借りしても?」
ヨハンは急いで上着を脱ぎ、イーリスに手渡す。
するとイーリスは掌を地面に向けてかざし、
〈フェルス〉ビジュ・ルー
と呪文を唱える。
すると、何もない場所からキラキラと光る石が生まれ、何やら形を成していくではないか。
ヨハンは口をぽかんと開けてその光景を凝視する。
出来上がったのは中型程度の狼のような獣だった。
目をぱちりと開け、くあっと欠伸をする。
まさしく生きた本物のような動きをしているが、身体は赤茶色の光沢を持った鉱石で出来ており、瞳はキラキラ光る真っ赤なルビーである。
「すげーー!!!これ、す、すげぇええ!!」
「ふふっ、こんなの序の口ですよ」
「え、え、これ触ってもいい??」
「いいですけど、柔らかくはないですよ。怪我しないように気を付けて」
イーリスの忠告を守り、恐る恐る手を伸ばす。
頭に触れると、獣は目をきゅっと閉じ耳を伏せ、こわごわとそれを受け入れた。
触り心地はイーリスが言った通り固い。
なのにどうしてこんなに柔らかな動きをするのだろう。
ヨハンは興奮は止まらず何度も撫でまくった。
「彼らは私の意志を共有し思いのままに動く、命を持った石造りの獣。私の分身ですよ」
「僕…こんな魔法見たことない…!」
「あまり有名なものではないですから無理もありません。使い方を間違えれば魔力の無駄遣いですからね」
さあ、上着をお貸しください。
イーリスはヨハンの上着を受け取ると、狼の背にふわりと被せた。
「王子、水の魔法は使えますか?」
「う、うん。でもそんなに難しいのは…」
「心配なさらなくても大丈夫。この上着にほんの一滴、雫を落とすだけです」
ヨハンは言われた通り、指先から自身の魔力で作った水を一滴、上着に落とした。
「これで準備は整いました。さあ、行って庭の侵入者を軽くかく乱してきなさい」
その言葉を聞いた瞬間、獣は立ち上がり颯爽と草木の中に消えていく。
ヨハンはその闇に紛れて消えていく後姿を名残惜しそう見送った後、イーリスのほうを振り返った。
「あんなんでよかったの?」
「ええ。おそらく大丈夫でしょう、どんなに優秀な騎士でも数十分は騙されますよ」
「どうして?たった一滴、水をかけただけなのに」
「…王子は、お付きの騎士がどうやって貴方や弟を探しているか分かります?」
「ううん」
「…魔法使いというのはそれぞれに異なる魔力の香りを放ちます。足跡をたどるのと同じ要領で、香りの痕跡を追うことで人を探す。これが一般的な方法と言えます。
ここで覚えておきたいのは、人の身体が放つ魔力の香りと、魔法によって生み出した物質が放つ香り、どちらが強いかです」
ここまで話すと言いたいことが分かってきたヨハンはなるほどと言わんばかりに何度も頷いた。
「そうか!人の放つ香りより、魔力そのものの香りの方が強いはずだから、追手は強い香りに引き寄せられてかく乱できるんだ!」
「そうです。さすが王子頭がいいですね。実際、これで何分もつかは王子を探されてる騎士の強さと賢さによりますが、どうやらとても頭がよろしいようなので、どこまでもつか…」
「でも試してみる価値はある!ワクワクするじゃんっ」
そう言って楽しそうに笑うヨハンを見、イーリスは
「困った王子様ですねえ」
と、ほんの少し同情を垣間見せるのだった。