櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
◇
それから二人は、時間が来るまで色々な話をした。
ほとんどヨハンが質問攻めにし、それにイーリスが応える。
いくらわんぱくと言っても、やはり王子。
質問の内容は、国の事ばかりだった。
政治や軍事、学校のこと。高度な魔法についてもいくつか話した。
勉強熱心なのはいいことである。
そして、ちょうど話が尽きた頃、イーリスの耳に、かすかだが獣の遠吠えが聞こえた。
「おや、私のおとりがバレたようだ。騎士さんがこちらに向かってきていますよ」
「ほんと? すごいや、三十分以上もテオを騙せた!!自慢してやろ!」
思っていたより時間を稼げたのはイーリスのかく乱の腕が良かったからだが、ヨハンは満足らしい。
イーリスもテオドアを困らせられて大満足。だが、これは黙っておこう。
「ヨハン様!!どこですか!!大人しく出てきなさい!!!」
テオドアの声が二人の居るところまで聞こえる。
声からするに相当お怒りのようだ。
「うげっやだなあ、これから説教だよ…」
「…では、フェルダンに到着しているものの迷子で王宮に辿り着けていない彼の弟の居場所を教えてあげるのはどうですか?彼がイラついている原因の一つを取り除けますよ」
「え、カリス来てるの?」
「ええ。王宮に来る途中ではぐれてしまったらしく、一人彷徨ってらっしゃいます」
「…はあ、カリスってね闘ったら強いんだけどすっごい方向音痴なんだ。一人だとアイルドールでも迷うんだよ。初めての土地じゃ迷って当然だよ…」
「……面白いご兄弟ですね」
意味深にほほ笑むイーリス。
だがヨハンは気づかない。
しばらくすると、二人の前に息を荒くしたテオドアが現れた。
「ヨハン様!!!今何時だと思っているんです!!!面倒ごとを増やすなと何度言ったら…!!」
肩をわななかせ怒鳴りながらある程度まで近づいたテオドアは、そこでようやくヨハンの隣に人がいることに気が付く。
それがイーリスだと気づいた瞬間、彼の表情は凍りついたように固まった。
「…貴方は確か…あの時アイルドールに来ていた…」
「……お久しぶりです。テオドア隊長殿、ヨハン王子が貴方の迷い子である弟さんを見つけてくれたみたいですよ」
「え、」
そう言うと、イーリスはヨハンの耳元で
「先程の王子の上着を着た獣が道案内をします。付いていけば見つける事が出来ますよ」
と囁く。
ヨハンは任せてっ!といい、テオドアのいる方へ走り出した。
「さあ!テオ急ご!カリスがまたどこか行っちゃうよ!」
「え、あ、はい…」
慌ただしくその場所から消えていく二人。
ちらりと振り返るテオドアに向け、イーリスは呟いた。
「明日、また会いましょう。…リュカも楽しみにしてますよ」
ゾッとした。
先程までの穏やかさはどこへ行ったのだろう。
最後にテオドアの目に移った彼は、微笑みの仮面を被っただけの狂気の獣にしか見えなかった。
ドクドクと、胸が早鐘を打つ。
嫌な汗が、背を伝う。
迷子のカリスが無事に見つかった後も、彼の不安は拭えなかった。