櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
その日テオドアは、ある悪夢を見た。
テオドア、カリス、マティス
ゼクレス家に生まれた三人の子供が紡ぐ楽しげな毎日が、真っ赤な血に濡れぼろぼろになって消えていく。
気がつくと血の海の中、自分は一人静かに横たわっていて
起き上がると、隣には大人になったカリスが血まみれになって倒れていた
急いで駆け寄ろうとすると、突然目の前に二つの手が伸び、自分の首を締める
殺そうとするのはイーリス
感情も何もない無表情で、ただただ手に力を込める
その背後で、リュカと名を変えたが何もせずに傍観していた
必死に謝ろうとしても首を締められ声がでない
『今更謝って何になる』
イーリスは言う
『お前たちの罪は消えない。お前たちは確かに、【マティス】という一人の人間を殺したんだ』
罪を償うというのなら
『同じ痛みを味わえ』
そう言うとイーリスは、首を絞めていた手を片方外し、鋭く尖った爪をテオドアの両目に突き立てた
リュカは何も言わずに、ただただ悲しみだけを抱いて立ち去る
あの時と同じ、頬に一筋の涙を流して。
それを最後の光景に、テオドアの視界は鋭い痛みと共に暗い闇へと包まれていった。
◇
「……ぃさん、テオ兄さん!!!」
「っ…!!!はあ、はあ、はあ…!!」
カリスの呼び声で目を覚ましたテオドアは、跳ねる様に飛び起きて息を荒げた。
「どうしたのテオ兄さん!すごくうなされてたよ…!酷い汗だ」
「はあ、はあ…ッ、何でもない…!」
と言っても全然大丈夫に見えない兄を心配し、カリスは飲み物を持って来たりタオルを渡したりと色々世話をする。
しばらくして落ち着いた頃、ようやくテオドアが口を開いた。
「…今、何時だ」
「四時前。まだ外は暗い」
「そうか…」
「…大丈夫?」
「ああ…少し、悪い夢を、見ただけだ…昨日、イーリスという特殊部隊の騎士に会ったせいだろう」
「イーリスって…前、アイルドールで【マティス】と一緒に居た…」
「そうだ。彼に言われた『明日、また会いましょう。…リュカも楽しみにしてますよ』とね。…彼は知ってるんだと思う、何もかも全部。彼だけじゃなく特殊部隊の連中は皆知っているかもしれない」
「……!! やっぱり今日の舞闘会出ない方が…!」
不安そうなカリス。
当然だろう。しかしテオドアにその気はない。
「…いや、出るべきだ。俺たち自身の為にも…あいつの為にも。ここで逃げたら何の解決にもならない。けじめをつけるときなんだ。だから彼らも俺達を招いたんだろう」
自分を苦しめた兄弟に会いたくなければ、アイルドール王国を舞闘会に招くなんて馬鹿なまねはしないはず。
招待したという事は、彼らもこの機会を、好機だと認識しているからだ。
「あの言い方からすると、俺達はトーナメントで彼ら…イーリスとあいつのペアと戦う事になる」
「……っ」
「覚悟しろ、どんな状況になっても、俺達は自分たちの罪と向き合わなければならない。逃げるのは、もう終わりだ」
「うん…」
夜が明けていく。
彼らにとって迎えたくない重苦しい朝は、二人をあざ笑うかのように鮮やかで美しい青空と眩い太陽に溢れていた。