櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
「お、前回と姿違うじゃねぇか」
ジンノが観覧席からサングラスを掛け直しそう言う。
「ルミア、お前忙しいって言ってたくせに指導してたのか」
「うん、一回だけだけどね。しっかり形になってるのはユウの努力の賜物だよ」
〈牙獣朗々〉
以前彼がその技を使った時、その姿は白狐だった。
「あの技は魔法による肉体改造を行い、獣に近い身体に変形させ自分の特性をさらに伸ばす為のもの。だけどあの時のユウは唯一記憶に残っている母親のそれを見様見真似で使っただけ。元々人を惑わし闘うタイプの白狐はユウには合ってなかったの」
父親譲りのパワーと母親譲りの機動力を持ち合わせていたユウ。
だからそれに合わせた形を選ぶべきだとルミアは彼に話した。
そうして試行錯誤した結果行き着いた形が、今目の前で立つあの姿。
氷雪の世界における幻の獣、ユキヒョウなのだ。
白地に黒のまだら模様の太く長い尾をゆらゆら揺らし、ユウは背を屈めて構える。
「フェルダンが弱いなんて、言わせねぇよ…!」
フッ
わずかな空気の揺れのみを残し、ユウの姿が消える。
シュベルマーが身構えた次の瞬間
自身の体、そのわき腹に強烈な衝撃が走り、シュベルマーは横に吹っ飛んだ。
外壁を突き破り、会場と観客席の間に設けられた魔導壁にぶつかり落ちる。
「ぐはッ…!!!」
血反吐を吐き、視界がかすむ。
痛む脇腹を見るとそこは凍り付いてしまっていた。
(くそ、魔力に中てられただけで凍りやがった…!!)
「まだまだ」
「…!!!ッ」
立て続けに、突然目の前に現れたユウの蹴りが顔面に入る。
その後もユウの攻撃は止まなかった。
圧倒的なスピードで、その動きを目で捕えることすらできない。
気がつけば自分の身体が吹っ飛ばされている。
堰を切ったような猛攻
いつの間にかシュベルマーの顔から笑みは消えていた。
「…ッ、チクショウ…!!俺だって、このまま終わるわけには、いかねぇんだ!!!」
〈フレイム〉ヴァルカン
シュベルマーの魔法により、氷の地面の至る所から火柱が噴出する。
「所詮氷の塊!!あんさんも炎にゃ勝てんでしょう!!!」
一度地面にスタッと降り立ったユウ。
湧きだす赤き炎をじっと見つめ、それからシュベルマーに視線を戻した。
「だから何だ」
「ッ!!!」
「この国に来て、この国の騎士を見て、学んだことが一つある。弱点が何だ、逆境がなんだ、そんなものに怯えてたら何一つ守れやしない。どんな状況でも踏み越えていく。…それに俺の氷はそんじょそこらの炎じゃ溶けねぇよ」
ユウはすぐ真横で地面から湧き上がる火柱に、おもむろに手を伸ばしたその瞬間。
パキパキ…ッ!!
「炎ごと凍らせてやる」
そこにあった火柱は丸ごと氷柱に変わり果てていた。
その一本だけではない、会場全体、目に映る火柱すべてが凍り付いている。
それを見たシュベルマーは驚きを通り越して笑ってしまっていた。
最初に出会った時の上面の笑みでなく、繕う事を忘れたシュベルマーの素の苦しげだけれど人間味のある笑みだった。
「ッ…はあ、はあっ!! なんてこった…あんさんもバケモノやったんかいな…!」
「ハッ、笑わせるな。俺は本物のバケモノになど遠く及ばない、ただの馬鹿で愚かで未熟なガキよ」
「なるほどねぇ…でも、そうやすやす俺も倒れるわけにいかんのです、あんさんと同じように背負うもんがあんのですよ。最後まで抗わせていただきやすぜ!!」
〈フローラ〉ドルン・クロイツ
イバラが氷の地面を突き破りユウとシュベルマーの間に壁を作る。
ユウは鋭い爪を突き立て、低い姿勢で身構えるとグッと緑の壁に向かって突っ込む。
白い息が糸のようにその場を漂っていた。