櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
「俺ね、あんさんと同じなんです」
「え…?」
「今はアントスに居座らせてもらってやすが、もとは東の小さな村の生まれなんですぅ。その村は俺が七つの頃に滅んでしまいましたがねえ」
「滅んでしまったって…」
「うちの村は古くから一つの仕事を生業としてきたんです。…金をもらって命を消す。いわゆる『暗殺』やったんです。それなりに優秀な」
その言葉に、ユウの目が大きく開く。
「そう、あんさんと俺は同じ穴の狢ってわけ」
「じゃ、じゃあ…!滅んだのって…!!!」
「そ、流石に察しがいいなああんさんは。その業界に居ればわかる。暗殺集団は二つもいらない。…うちの村を滅ぼしたのは、オーディンだった」
「そんな…!!」
ハハッ!そんな怖い顔せんでええよ
そう言って、青い顔のユウを、シュベルマーは笑い飛ばす。
「別にオーディンを恨んどるわけやないんです、世の中っちゅうもんもはそうやって流れていく。まだ七つやった俺でも分かってた、あれはなるべくしてなった事なんです」
「…!!」
「でも…俺の地獄は、それからやった」
生き延びたが、村を追われた幼いシュベルマー。
小さな彼が出来ること
それは、幼い頃から教え込まれた『暗殺術』だけだった
いろんな国に渡り、なんとか役に立とうと、生き延びようとした
だが、人より優れたその力を使えば使うほど、人々は彼を恐れたのだ。
運よく力を欲する国にめぐり合っても、その国に忠誠のままに働けば働くほど、猟奇的な殺人行為だと恐れられ、再び捨てられる。
そうやって、転々と国を渡った。
シュベルマーはずっと一人。
その力を持っていたが為に。
そんな中、ようやく辿り着いたのが、アントス王国
その王、セルバだった。
『――へえ、ガキんちょの癖によっぽど苦労したんだな。やつれて酷い顔だ。何か食うか?』
『――何だって?住んでる場所がない?よしっ!!じゃあ俺の国に住むか!!』
『――強いな、ベル!!お前すごいよ!』
よく笑う人
豪快で、明るく、単純で、少しバカな王
けれど、恵まれなかった人生の中で間違いなく最も素晴らしい人物との出会いと言えるだろう。
彼の為になら、と思った。
彼の為になら、彼の元でなら、生きていけると。
そうやって、シュベルマーは必死になった。
セルバの元に居続けるために。
暗殺術を封印し、一から国のやり方、闘い方に従った。
おおらかで優しい、アントスという国に属する人々の一員になろうと。
そして舞闘会に出れるようにまでなった時。
対戦相手にユウの名を見た。
そのユウがオーディンの息子で、暗殺組織が解体したにも関わらずフェルダンに引き入れられたことを知った。
その瞬間、それまで抑えてきたはずの怒りが
穏やかに凪いでいたはずの感情が動き出したのだ。
それはおそらく
『嫉妬』
同じ境遇にありながら
何年も一人孤独の中を歩いて来た自分と
その一人となる原因をつくった暗殺部隊の一員でありながら、バラバラになってすぐにフェルダンという国に拾われた彼
そう、
ただの逆恨みにすぎない。
それでもシュベルマーは感情の赴くままに闘い、そして
負けた。
「あんさんは…この国の為に闘った。俺は、俺の為に闘った。だから、あんさんが勝ち、俺が負けたんやと思う
…なんか気ぃ抜けたら分かってしもうた。自分の弱さに、あんさんの強さに」
自嘲的な笑みを浮かべ、シュベルマーは言う。
「俺も、セルバ王の為に闘えれば…あんさんに勝てたかもなあ」
「…うん。たぶん、今の俺じゃ、本気の君には勝てない。俺はまだ弱いから…技術や力じゃまだまだ誰にも敵わないと思う」
それはユウの純粋な感想だ。
明らかに経験も実力も足りない自分が勝てたのは、単に運が良かったから。
勝ちたいと思う、その想いだけが誰よりも強かったから。
それが無ければ、ユウはきっと、他の誰にも勝つことなどできなかっただろう。
シュベルマーは明るく笑い飛ばすと、ニィッと不敵に笑ってユウと向き合う。
「ハハッ!だったら次に戦う時は、容赦せぇへん!勝つのは俺や」
「!!ハイッ!俺だって、次は実力で勝ってみせる!」
ふたりの若い騎士は、それから互いの手を固く握り合い、ライバルという名の友となった。
四年後、再び拳を交えることになるのはまた別の話。