櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ




────



場所は変わり、闘技場、ステージ。


例年通り、棄権の意思を示すため、左手を挙げていたネロは、酷く鬱々とした気持ちをしていた。





ネロが舞闘会に初めて出場したのは十一の頃。


フェルダンにおける歴代最年少での出場だった。


しかし、初めて出たその試合で、フェルダンにおいても極めて歴史的なその試合で、彼は初めて騎士道に背いた。



『棄権』



それが騎士として最も恥ずべき行為だと、そんな事は重々承知。

それでも尚、その選択をせざるを得なかった。


当時まだ特殊部隊の候補生に過ぎなかったネロは、自身の騎士人生がここで終わるのだと、そういう覚悟でその選択を取ったのに。


ネロは今、こうやって特殊部隊の一員として、この場にいる。


おまけに同じ舞台で棄権すること三度、そして今日、四度目のそれを犯そうとしている始末である。



(まったく、出場した所で棄権すると分かっているんだから、俺を出場リストに加えなきゃいいものを…アイゼン隊長も国王様もどうかしている。フェルダンの名を貶めるだけだというのに…)



自分がよそであれこれと言われる分にはいい。


覚悟はしていた。


だからそんな事はへでもない。


しかし、それでフェルダンが酷い言われようをするのなら、申し訳なく思う。





そんなことを考えながらも、自分の選択を変える意思はないと言う現実に、ネロは鬱々としていたのである。





早く棄権が受理されないかな、などと思いながら不意に前方に立つ男に目をやる。


不運にもネロの対戦相手となっていた岩の王国ロックハートの【剛腕】こと、ロッシュ・モーリス。


強面で、フェルダンの特殊部隊でも体格の大きいイーリスをひと回りかふた回りも上回る身体と、肉体美を振りまく男。



そんな男が



不意に目をやった瞬間、大粒の涙を目に浮かべ、ボロボロと音が立ちそうなほどの勢いで泣いていたのである。


ちなみに、腕を組み仁王立ちし、顔を般若のように恐ろしく歪めて、である。



(え゛!?!?!?)



ネロを始めとし、それに気づいた観客も盛大に引く。


それはそれは奇妙な、いやそれ以上にある意味恐ろしい光景だった。




< 177 / 208 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop