櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
アポロの言葉に吸い寄せられるように、皆の視線が、ステージに向く。
そこで、ユウ達は驚愕の光景を目にした。
岩の巨神の、巨大な拳の下、抉れた地面の間に不自然に空いた隙間に現れる人影を。
そう、
それは、拳を片手で止め、仁王立ちするネロの姿だったのだ。
「ネロさん…!!!!」
「なんやあの人…!あの攻撃、片手で止めちょる!人間業じゃあらへんで…!!!」
「それだけじゃないよ、ネロの真骨頂はここからさ」
見れば岩の巨神の拳が、ネロの触れた部分から砂のようになって崩れていっているではないか。
何だあれはと、ざわざわしだすほかの騎士たち。
ユウも動揺する。
これまで特殊部隊の騎士達と訓練を重ねてきたが、正直、魔法を使っているところを見たのはほとんど無い。
ルミアやジンノでさえ、魔法を使った所を見たのは魔法学校での事件でくらいだ。
ネロに至っては一度もない。
唯一知っているのは、彼が『闇の魔法使い』である事のみ。
だが、闇の魔法に、あんな効果を発する術はない。少なくとも、ユウが知る限りは。
「そこのおバカ騎士共」
「…っな!!?」
アポロの徴発的な呼びかけにムッとする騎士達。
そんな彼らに向かって、アポロは笑みを浮かべながら問う。
「お前らは、ネロ・ファーナーの『二つ名』をしってる?」
「『二つ名』?…それは…」
「ああ、ユウは知らないか。だったらこれらは覚えておいた方が良いよ。『二つ名』って言うのはね、俺たち騎士が他者から呼ばれる仮名の事だ。戦場で戦うと、いつの間にかどこかの誰かがつけてることがほとんどでね。この名を聞くだけで、その騎士がどのような戦い方をするかが分かる」
同時にこれは、強者が使えば使うほど、警告の役割を果たす。
ネロ・ファーナー
彼の『二つ名』は、
【破壊卿】ネロ
「【破壊卿】…ネロさんの持つ神器の影響ですか?」
ユウは問う。
確かに、ネロは破壊の神器『トリシューラ』を扱う。
だが、そうではない。
アポロはステージに立つ、相棒を見つめ言った。
「…あいつが【破壊卿】と呼ばれるようになったのは、破壊の神器を手にするずっと前だ。今じゃ、神器を持ってるからそう呼ばれてると勘違いするやつの方が多いけど、そうじゃない。【破壊卿】はあいつの本質が、付けさせた名だ」
弱い君らに教えておいてあげる。
「ネロはよく自分のことをこう言う」
天才ではないが、力には恵まれた
「あいつは闇の魔法使いだと言われてるけど、本当は少し違う。ネロの扱う魔力は闇の魔力の中でも特に希少、『常闇の魔力』と呼ばれる至宝の魔力だ」
闇の魔力の本質が、『吸収』とするのなら
常闇の魔力の本質は『拒絶と破壊』
「あいつの力はありとあらゆる魔力を拒絶し、原子レベルまでに破壊する力さ。その力は闇も光も全く通用しない。全魔力の中で文句無しの最強の力と言える。それがあいつの力。あいつの魔力だ」
ステージ上では、岩の巨神の腕のほとんどが破壊されてしまっている。
「何故だ!腕が再構築されぬ!!?」
ロッシュが何度腕を元に戻そうとしても、戻ろうとしない。
それどころか巨神のコントロールがどんどん効かなくなってきている。
「俺の魔力が貴方の魔力を侵食しているんですよ」
「…ネロ殿!」
「俺はほかの特殊部隊のように天才ではない。ジンノやルミのように底なしの魔力を持ってるわけでもないし、アポロのように感覚だけで魔力を完璧にコントロール出来るわけでもない。だが、力だけには恵まれた。血反吐を吐くような努力をしてこの力をコントロール出来るようになり、魔力不足も補える使い方を学んだ」
全ては彼らと共にいるために。
愛するものを守るために。
「俺は天才ではない、だが、彼らと共にいる為、あなたの想いに応える為、この力、全力で振るわせていただく!!」
次の瞬間、ネロ姿はロッシュの視界から突如として消えた。
いや、移動しただけだ
(速すぎて見えなんだ…!どこだ…!!)
ロッシュはすぐさま自身の周りに分厚い岩の防護壁を張るが、
「無駄ですよ」
「!!?」
振り返ると背後の壁が崩れ落ちていく。
「俺の前ではいかなる攻撃も、いかなる防御も、魔法である限り機能しない」
ネロの手が伸びる。
瞬きを出来ぬままにその手が心臓の真上に乗せられた。
ほんの数秒の行為が、酷くゆっくりに感じた。
〈ネオダーク〉エテリエ・リフュート
その呪文が唱えられた瞬間、ロッシュの目の前は暗くなり、そのまま意識を失っていった。