櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
───そして現在。
観覧席の各自の席からステージを見下ろすシルベスターとアラクラン。
互いに密かに視線を交わす。
あの時、アラクランは言った。
『──棄権を、しないで頂きたい』
と。
それはシルベスターが予想していたものとは真逆で。
おそらくなにか理由があるのだろう。
彼は多くは語らなかったが、黒々とした陰謀めいたものの影は感じ取れなかった。
むしろ深刻そうな顔でそれを訴えてきたのだ。
思う所があっての事だろう。
王としてその思いをを汲み取るべきか否か、シルベスターはまだ迷っていた。
ステージに目をやる。
何やら話し込んでいるふうな様子の二人だったが、ふとネロの目がこちらを向いた。
どうしたらいい、まるでそう問いかけているような目だった。
というより、棄権をしてもいいかと半分ウンザリしたような感じだ。
(ははっ、あいつらしい)
ネロにとっては、相手が王族だから、幼子だから、条件付きだから、なんて関係ないのだ。
こうと決めたらテコでも動かない。
その頑固さにはもはや頭が下がる。
これは今回も棄権をする他ないか、シルベスターがそう諦めたように目を閉じ、ネロが左手を上げかけた、その時。
カーン、カーン、カーン!!!
三度の鐘が闘技場内に鳴り響く。
試合開始の合図の鐘だ。
(何…ッ!!!?何故鐘が鳴る!!?)
通常試合開始の鐘は、開催国の王の合図により鳴らされる事になっている。
シルベスターはまだその合図を出していない。
ステージ上のネロも困惑した表情だ。
しかしそれも束の間、ネロのいたステージは何処からか湧き出た大量の水に飲み込まれ、瞬く間にドーム状の魔導壁内の三分の二が水に使ってしまった。
水というより、小さな海だ。
ネロの姿は見えない。
いるのは、水面の上に浮くように立つルトだけ。
シルベスターは血相を変え、アラクランの方を向く。
「アラクラン王!!まさか貴方が…!!!」
「そうだ」
「!!!?」
その場にいた全員がアラクランの言葉に愕然とする。
「…これは重大な違反行為ですよ、アラクラン王」
「分かっている。それで受ける罰も重々承知の上だ」
その上で、もう一度お願い申し上げる。
「フェルダンの王よ、どうか頼む。あの子を、ルトを止めてくだされ。もう、貴方がたに希望を託す他ないのだ。どうか、どうか……」
アラクランがシルベスターに頭を下げる。
その姿と対照的に、ルトは二ィッと猟奇的な笑みを浮かべていた。