櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
『お前はすごいのだよ、ルト』
『お前は選ばれた人間なのだ、ルト』
『神に選ばれたのだ』
ルトが初めて、神器の力を使った年。
ヴェステ王国は酷い干ばつに見舞われた。
もともと砂漠に囲まれる王国。
水は貴重品だった。
にも関わらず、その年は唯一の水源だったオアシスが枯れてしまった。
国の危機的状況の中で、ルトがふと手にした水瓶、それが豊水の神器《ガニメデス》だった。
皆が苦しんでいる
水が欲しい
皆の為、国の為に、水が欲しい
子供心に抱いた純粋な思いが伝わったのだろう、触れた瞬間輝き出した水瓶は『──承知しました、主』そう声を発してその思いに応えた。
湧き出る水は人々を潤し、乾いた大地に数千年振りの雨をもたらした。
オアシスは再生し、ヴェステ王国は救われたのだった。
当時僅か五歳に満たなかったルトは、人々から崇められた。
救世主だと、神の使いだと。
そして大人達はルトを、蝶よ花よと愛でて甘やかして育てた。
お前は選ばれた人間だ、何だってできる、お前ほどの力を持った子はいない。
ルトもそれを信じ、生きてきた。
それが今のルト。
自分は強いのだと疑わず、自分は人と違う特別な人間なのだと信じる子供。
その力はけして自らのものではなく、神器という他者の力であるということを知らぬ子供。
傲慢で独善的で、横暴で、自己に陶酔して。
それが間違いだと戦いをもって教えようとした国の者は、ことごとく失敗した。
ルトと彼を支える神器《ガニメデス》はヴェステ王国のどの騎士よりも強かったのだ。
そのまま益々天狗の鼻を伸ばしたルトはとうとう、人を殺しかけた。
『弱い騎士(ヒト)はいらないよね』
人の生を、命を、国を、かつて救った子はもういない。
そして、国は決断を下した。
ルトを止めなければ。
やがて力に飲まれるのは我々だと。