櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
『──、───ルト様ッ!!!!』
「…ッ!!」
いつもよりキツめの、怒気のようなものを含んだガニメデスの声に、ルトはハッとする。
どうやら意識が飛んでいたようだ。
目の前では、水と闇とがぶつかり合っている。
その光景にギョッとする。
(ナニ…あれ!!?)
その水と闇は、異様な風体だったのだ。
水は人のような形を、闇は巨大な牙を向いた獣のような形をとっていて。
『ハッハハーー!!!久しいなぁ!!!ガニメデス!!!』
『貴方こそ…何百年ぶりですか、そのお姿…!』
どうやら、二つの神器の姿で間違い無いらしい。
「ガ、ガニメデス…?」
『ルト様は下がっていなさい!!』
「ッ!?」
ルトはびくりと肩を揺らした。
出会ってから初めて見せた一面。いつも優しい、柔らかな言葉で自分を導いてくれるそれは、そこにはいなかった。
何度も両者はぶつかり、地面が揺れる、空気が震える。
声は聞こえないものの姿形は確認できる観客たちもまた、人同士ではない神の力のぶつかり合いに言葉を失う。
『オラオラァア!!楽しいナァ!!ガニメデス!!』
一層興奮しだすトリシューラ。
対するガニメデスはいささか苦しそうだ。
『ッ…!!!三大神器の貴方と一緒にしないでください!!こちらは命懸けなのです!楽しむ暇など…!!』
『ハッハー!そりゃあなァ!!おまえさんは神器の中でも格下も格下!!まして戦闘など専門外だろ!!神器であることを、命を捨てるほどの価値がそいつにあるかァ!?お前はな、間違えたんだよ!選ぶべき主を!!』
そのセリフを、ガニメデスの背後で聞いていたルトは顔を青くさせた。
「…ねえ、どういうこと?ガニメデス…!」
『……ッ』
ルトが抱きしめる水瓶に、ピシリとヒビが入る。
苦しげに口ごもるガニメデスに代わるように、トリシューラはニヤリと笑って答える。
『神器はただの意思ある武器じゃねぇ!神の力を授かった器、それが神器!!故に俺達はそれぞれに神と同様の本質が有るのヨ!俺様が《破壊》であるように、ガニメデスが《豊水》であるように!!!』
なぁお前、何人ヒト殺そーとした?
闇で出来た不気味なそれは、牙をむきだし、ニヤリと笑ってルトに問う。
『人を豊かにすることを本質とするガニメデスが人を殺そーとすれば神格は落ちる!!神格が落ちれば俺達は神器じゃいられねぇ!俺らの器は壊れ存在が消滅する!!死ぬんだよ!!!お前が!ガニメデスを殺すんだ!!!』
ルトの腕の中で、大きくひび割れた水瓶から破片が嫌な音を立てて落ちていった。