櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
次の瞬間、お腹の底に響くような轟音をあげ、会場は揺れた。
二つの神の器が正面衝突したのだ。
魔導壁に大きなヒビが入る。
目も開けていられないような暴風が吹く。
人智を超えたそれは、正しく神の力そのものだった。
尚も風の止まぬ中、ルトは腕の中に抱えた水瓶の変化に気がつく。
(…ッ!!!?水瓶が…!)
みるみるうちに真新しいヒビが幾重にも枝分かれして広がっていくではないか。
それだけでなく、一部は砂のようになって崩れ落ちていく。
このままでは間違いなく壊れてしまう。
つまり、
(死んでしまう…ッ!ガニメデスが、居なくなってしまう!!)
ルトは覚悟を決めたように顔を上げた。
「ガニメデスっ!!もうやめて!!!もういいよ!!僕が間違ってたんだ!目が覚めた!!だから、お願いだからもう戦わないで!!このままじゃっ…」
ドカァアーン!!!
叫ぶルトの真横を、何かが吹っ飛んでいく。
慌てて振り向いた先あるのは水の塊。
「ガニメデスっ…!!」
人型すら取れずにいるそれに、ルトは体の痛みも忘れて駆け寄った。
水瓶は、すでに半分が砂になって消えていた。
「ガニメデスっ!」
『ルト…様…!おニゲ、下さイ…!!アレは止まらナい…ッ』
聞き取るのもやっとな、弱々しい声は必死に警告する。
その先にある闇の恐ろしさを。
それでも、ルトは逃げなかった。
ガニメデスの前に立ち、盾になる。
目の前の、闇を吹き出す巨大な獣の牙に怯えながらも。
『ハッハー!!何だァ、邪魔すんじゃねえよ糞ガキ!これは俺とガニメデスの喧嘩だゼ!!あと少しで壊せるんだよォ…!人間【ごとき】が邪魔をするなァア!!!』
「…ッ!!」
ルトの小さな身体が恐怖で竦む。
立っていられないほどに、全身が震える。
『ルト様…早く…ニゲて…!!』
切れ切れなその言葉は確かにルトに届いていた。
けれど、
「…ッい、いやだ!!」
その声は震えながらも、ルトは一歩も引かなかった。
止めるすべなど考えつきもしない。
勝算などあったもんじゃない。
それでも、彼は自分の意志でそこに立ったのだ。
『ルト…さま…!!?なゼ…!!』
『…クハハハッ!!!最後に罪滅ぼしでもするつもりかァ!?イイぜ、テメェごと神器も何もかも喰らい尽くしてやる!!!』
興奮した様子のトリシューラは、大きな牙の隙間から息を吐き出すように黒い闇を吹き出させながら、瞳の無いむき出しの眼球をギョロリと動かし、言う。
『神も人も!!堕ちた者ほど美味たるものは無い!!!精々己の愚かさと、神の力を人のモノと違えた過ちを懺悔し、オレ様の供物となれ!!神の足元にも及ばぬたかだか人間が!!調子に乗るんじゃねェよォ!!!』
そして、
トリシューラはその大きく不気味な口を開け、震えるルトに喰らい付く。
『ヤめテ…ッ!!!』
ガニメデスの刹那の叫びをかき捨てるように、真っ赤な鮮血が当たりに飛び散った。