櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
地面に紅い紅い血が、いくつも滴り落ちる。
パタタッ、と音を立てて広がる血溜り。
ルトはその光景をどこか呆然と見ていた。
何故ならそれは、ルトとは違う、他の誰かから流れる血だったから。
トリシューラがその鋭い牙を食い込ませている相手は
鮮血と同じ、紅の衣を着た人で
ふわりとした柔らかな黒髪が乱れる風になびいていて。
「───下がれ」
低く響くその声は、初めに感じた優しさや、冷徹な恐怖とも違う、抗えない絶対的な何かを感じさせた。
「下がれと言ってるんだ、トリシューラ…!!」
ルトが見上げる先で、その紅の背中は、片腕を牙に抉られながらも闇を纏う巨体を全身で止めていた。
(大きい…)
なんて大きな背中なのだろうかと思った。
こんな、恐怖しか感じようのない状況でも、それは微塵も怯むことなく。
傷つきながらもその事実を一切感じさせないほど、それは果てしなく力強く守っていた、
ルトを
いや、その背に抱えるもの全てを。
ルトが初めて見た、本物の騎士の背中だった。