櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ







ドスッ


何かが落ちるような音にルトは気が付く。


振り向けば、ネロが膝を付きしゃがみ込んでいた。


トリシューラが噛み付いていた腕からは真っ赤な鮮血がこぼれ落ちしとどに地面を濡らしている。


「ネロさ…っ…!?」


思わず駆け寄ろうとしたルトもまた、唐突にがくんと足から力が抜け、その場に倒れてしまう。


(な、なんで…?身体が、動かない…)


状況を把握できず、また動ける状況にない中、


ルトの視界に、ひらりと紅の布が舞った。


ネロではない。


頭だけなんとか動かし、その姿を確認しようとする。


そこには、大きな赤茶色の瞳とニット帽、その下から覗く金髪が目を引く美男子、がいた。


そう、アポロである。





「ったく、お前は無茶しすぎ。見ててハラハラするんだよ馬鹿」


呆れた表情で、しゃがむネロを小突く。


ほら、顔見せて。


アポロは下を向くネロの顔を顎を掴んで無理やり上向かせる。


それから慣れた手つきで脈を図ったり瞳孔の様子を見たり、様々な処置をしていく。


「顔色が悪い、汗もすごいな。体温39度、瞳孔も左右安定してない、頻脈、呼吸は浅く早い。つぎ、腕出して」


そう言われ、ネロが恐る恐る出した腕は怪我をしていない綺麗な腕。


「反対だバカ」


案の定、頭を叩かれる。


「…っい、いやだ…」


「却下。ここで治療嫌いを出されても困る、このままじゃ死ぬぞお前。分かったら言うこと聞く」



半ば強制的にもう一方の腕をひん剥かれたネロ。


倒れた状態からその腕の状態を見たルトは愕然とした。


「あちゃー、これは歴代最高に酷いな。よく我慢してたね」


「…ッ」


ネロの腕は、真っ黒に変色し部分的に肉は抉れ、傷口から赤い血管のような太い管が腕の表面全体を覆うように広がっていたのだ。


心なしかその血管のようなものは脈動しているように見える。


あまりのグロテスクさに、ルトは口を閉じることも忘れその一点から目を離せずにいると、気が付いたアポロが話しかける。



「きもいだろ、破壊の神器に噛まれたんだ。腕が残ってるだけまだマシ」


「た、たた助かる、の…?」


「さあ、ここまで悪化してるの見たことないし。お前庇わなけりゃこんなことにならなかったのにな」


アポロの皮肉めいた物言いに、ルトは唇を噛む。確かにその通りだ。


(僕のせい…)


「……ッ、ごめ、」


謝ろうとしたルトを、柔らかな声が遮る。



「謝らないでください、ルト様」


「!…ネロさん」


「あのやかましい奴は興奮しすぎるとすぐ暴走する。それを止めるのは、不本意だがアレの持ち主になってしまった俺の義務です、自業自得なんですよ、だからルト様が謝る必要は無い。…アポロが責めることもない」


荒い息遣いで酷くつらそうにも関わらず、ネロは笑顔でそう言った。


一度は自分を殺そうとした人間に向かって。


(ああ、僕はなんて人間になろうとしてたんだろう…)


そのときになって、漸く過去の自分の愚かさに気づく。


同時に強く思った、ネロに死んで欲しくないと。



「お、お願いっネロさんを助けて!お願いだから…ッ」


倒れた状態から何とか起き上がろうと必死に身じろぐルト。


アポロは大きくため息をつくと、そんなルトをネロ同様にこずく。



「うっさい」


「…!」


「分かったから、お前はもう動くな。さっきまで平気で立ったり歩いたりしてたみたいだけど、ネロに蹴られて肋骨と内蔵がひどく損傷を受けてる。もしかしたら背骨も。今はアドレナリンがでてるから痛みはそんなに感じてないかもしれないけど、お前も下手したら死ぬからね」



(え、…)


予想外の事実を突きつけられ、ルトは再び目を丸くする。


ちょっぴり顔が青くなったところで、アポロはそれぞれの不安を吹き飛ばすように、ニィっと笑って言った。



「安心しなよ、俺が二人共助けるんだからさ!!」



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