櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
アポロはネロとルトを自分の両サイドに寝かせると指をパキパキと鳴らし、深く呼吸する。
背後に、後からやってきた医療班の面々が「サポートします!!」とアポロのそばに付く。
ちなみに、ここはまだ闘技場のど真ん中。
早急な処置が必要な為だ。
「さぁて、やるか。まずガキンチョ。腹出して、かっ裁くから」
「え゛」
知った時には遅く、あれよあれよという間に戦闘服は脱がされ、ラスト1枚をめくり挙げられ腹をむき出しされる。
「あ、あのっ…!」
「大丈夫。麻酔はやったから痛くない」
「そんな問題じゃ…!!」
「はい黙る。じゃあ行くよー」
問答無用のアポロ。
騒ぐルトを無視し、アポロは酷く内出血を起こしているルトの脇腹に片手を添え、もう一方の手の人差し指と中指を立て、彼の脇腹に沿ってそれをゆっくりと動かしていく。
するとまるでメスか何かで切ったように、切り込みが入っていくではないか。
ルトは感覚が麻痺し、自分が何をされているのか見ることも出来ないのでただただ困惑する一方。
アポロは淡々と作業を続ける。
大きく切込みを入れ終わると、なんと次はそこに腕を突っ込んだ。
「な、え、何が…」
「よし、これでお前はほぼ完了。このまま体の内側から治癒をしていくから。数分で終わる、もうちょい頑張れ」
〈ブライト〉サナ・ハイレン
呪文を唱えると腹部に突っ込んだ左手から瞬く間に光が溢れ出す。
同時に手先も休むことなく動き続け、損傷した臓器、ちぎれた血管、折れた骨などを的確に細胞レベルで修復していた。
当のアポロは傷口など見てやしない。
手先の感覚のみでそれら全てをやっているのである。
一方で彼の視線と、もう一方の手の先にはネロが。
「…なんとか踏ん張ってるね、本来破壊の神器に生身の体で触れようもんなら一瞬で粉々だ。神器の持ち主であることとお前の持つ《常闇の魔力》の力が良い意味で働いた結果だろうね。ま、それでも神器の力は流石のお前の力でも完全に抑え込むことは不可能みたいだけど」
徐々に侵食していく腕の変色を観察しながらそんなことを呑気に喋っているもんだから、若干気がたっているネロはアポロを睨みつける。
「……ッ、おい、助ける気、あんのか」
「ふん、そんだけ威勢を張れる力があるなら助けなくても大丈夫な気はするけど。でもまあ、万が一にでも死なれちゃ困るから、助けてあげるよ」
メスちょーだい
サポートに回っている医療班の一人がその声に反応し、すぐさまメスを差し出す。
するとアポロはそれの持ち手を口で咥え、なんと、自身の腕を大きく切り付けた。
当然血がボタボタと大量に溢れ出る。
見たもの全員が青ざめそうなほど大量のそれを、アポロは「痛むからな」とそれだけ言ってネロの腕に垂らした。
次の瞬間
「ッアアア゙ア゙ア゙ア゙アァ!!!」
ネロの鈍い唸り声とともに腕から肉を焼いた時のような煙が立ち上がる。
アポロはネロの腕が血で真っ赤に覆い尽くされるほどにまで垂らし終わると、次は自身の血を口に大量に含み始める。
一体何を、
皆がそう思った矢先、彼は誰もが予想もしない行動に出た。
ネロが横たわる方に上半身をゆっくりと倒したかと思うと、
唸り声を上げるネロの口を、まるで煩いとでも言わんばかりに、自身の口で覆ったのだ。
ようは『口付け』『キス』と言われる類のもので。
「…!!!、わぁ、」
隣でその光景を、一部始終見ていたルトは顔を赤らめる
もちろんその場にいた他の人間も思わず言葉を失いガン見。
唯一、それまで黙っていたガニメデスが
『ルト様、見てはなりません』
とルトの視界を水で覆っていた。