櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
「あの場で、あの術を使うなど…わたくしには考えも及びませんでした。ですから、一度敬意を評しておきたいと思いまして
感服致しました。貴方は最高の医者ですのね」
ララの微笑みと暖かな言葉。
だが、それを見事に聞き流していたアポロは、意に介さずいった調子で、スクっと席を立ち、飲んでいたものゴミ箱にペッと捨てる。
「話、それだけ?」
「…え、あ、はい」
「じゃあ、俺行くから」
そう言ってスタスタと立ち去るアポロに、ララは思わずぽかんとしてしまう。
同じ医者として、もう少し有意義な会話が出来ると思っていたのに。
予想の数倍無関心な彼の態度に放心していると、「あ、」とアポロが何かを思い出したかのように振り返った。
「あのさ、別にあんたが俺をどう思おうがキョーミ全く無いんだけど、一応訂正入れておいてあげる」
「?」
「あんた、俺を自分の同胞みたいに思ってんだろーけど勘違いしないでほしいんだよね。あんたは『医者』で、おれは『騎士』。必要とあれば医療行為はやるけど、俺が医者だって名乗ったことはないよ」
ああ、ネロだけは特別ね。あいつの怪我治せるの俺だけだから。
そう言うと、アポロは困惑するララに顔をぐっと近づける。
普段の無邪気さが掻き消えるほど
色香を放つ、男の顔
思わず胸が高鳴りそうな状況で、ララの耳には逆に冷めいりそうな言葉が流れる。
「『医者』と『騎士』の違い教えてあげる。『医者』は救える命を無条件に救う職業、だけど『騎士』は…必要とあらば人を殺す職業だ。そして俺は『騎士』を名乗ってる。意味、わかるよね?」
「…っ」
「俺に何望んでるか知らないけど、理想押し付けないでくんない?迷惑。あんた達みたいな、崇高な精神で治療してるわけじゃない。全部自分のため、自己満足だ。
さっきのルトだって、あの子だけだったら助けなかった、脅威の一つだって認識されてたんだ、助ける義理もない。ただ、あの場にネロがいて、あの子の死を知ればあいつが悲しみ立ち直れなくなると分かっていた。だから助けた、それだけ」
そういうもんなんだよ、あんたが最高の医者だと言った人間は。
そう話す彼は、ほんの少し怖かった。
脅すように、恐怖を与えるように淡々と言葉を紡ぐ。
本来なら慈愛に満ちた行為であるはずのそれを、仕方なくだと言う彼は、確かにララの思い描いたその人とは違っていた。
「──アポロ様、お時間です」
「ハーイ」
係員に呼ばれた彼は、何ともなかったかのように平然として部屋を出ていく。
残されたララに、心のモヤを残したまま。