櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
すると、困っているルミアの元に助け舟が。
「隊長!もう酒はだめです!!」
アイゼンのジョッキを取り上げながらそう言うのはオーリング。
特殊部隊の副隊長で、王族分家プロテネス家の現当主。
明るく親しみやすいおおらかな性格だが、自身の持つ魔力の影響で、感情の起伏に応じ天候が変化する。
ひどい時には地震や洪水などの大災害まで起きてしまうほど、彼の魔力は自然界に影響を与えてしまうのだ。
逆に言えばそれだけ力の強い魔法使いだとも言える。
「オーリィ!酒返せ!!」
「だめです!!ったく、やっと禁酒禁煙できたと思ったのに、なんてざまですか!!」
「ちょっとくらいいだろっ」
「ちょっとぉ!!?アンタそう言って今までどれだけ飲んだと思ってるんです!!?あんたのせいで酒蔵はもう空ですよ!!」
オーリングがアイゼンの相手をしてるのをいいことに、ルミアは隙を見てそそくさと逃げ出す
そして、そのまま大広間を抜け、外に面したバルコニーへと足を向けた。
夜の涼やかな風が吹き抜ける王宮の広いバルコニー。
そこにまで、ガミガミとオーリングの怒鳴り声が聞こえる。
それに苦笑いを浮かべながらも「ふう」とようやく一息ついたルミアは、ふと、そこに自分以外の人間がいることに気付いた。
柔らかい風に長く真っ黒な髪が流れる。
ジンノだった。
バルコニーの隅で、手摺にもたれ掛かり、静かに夜空を見ながら酒を煽る。
その横顔は彫刻の様に美しく、りりしい。
彼は特殊部隊、副隊長。
『魔王』と呼ばれる史上最強・最悪の騎士だ。
そして、ルミアの兄でもある。
声をかけようかとためらうルミアに、ジンノが気づいた。
「あ...」
「ん?...ああ、ルミアか...お前も逃げてきたのか?」
そう言ってジンノはふわりと笑った。
とても愛おしそうに、慈しむ様に。
朔夜の戦いの前。
ジンノはルミアにある二つのことを明かした。
一つは、二人に血の繋がりがない事。
二つ目は、密かに抱いていた彼女への恋心を
物心ついた頃から共に生きて来た、
兄妹であることを疑わなかった
互いに依存し、助け合い、唯一無二の存在として信じていたはずだったのに
今でも、ルミアはあの時の事を思い出す。
あの時の、苦しげなジンノの表情を。
涙を流す兄の姿を