櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
「グロルさん、約束覚えてる?」
「......っ!!」
「あんまり遅いから、私待ちきれなくって、来ちゃった」
リラは、グロルとの間にある格子に触れる。
昔とずいぶん変わってしまった彼の姿を、悲しげに見つめながらも、リラは言葉をやめない。
「グロルさん」
「...っもう!!......もう、俺の名を...呼ばないで」
彼は苦しそうに、そう言った。
こわばった体は小刻みに震え、
うつむいたまま、けしてリラの方を向こうとしない。
昔とかわらない、彼の悪い癖。
「...いやよ、貴方が顔を上げてくれるまで何度でも呼ぶから」
それを聞くと、堪え切れなくなったグロルはズルズルとその場にしゃがみ込んだ。
目線をあわせようと、リラもしゃがむ。
格子越しに見える彼はあまりに弱々しくて、出来ることなら、手を伸ばして抱きしめてあげたいと、そう思った。
「グロルさん。私ね、ネロが貴方に利用されたって聞いて、もちろん悲しかったけど、ほんのちょっと嬉しかったんです」
だって私との思い出、覚えていてくれていたんだって分かったから。
本来、闇の魔法使いと光の魔法使いの間に子はできない。
魔力同士が相反する為である。
だがもし、グロルとリラの間に子が出来たとしたら、そんな奇跡が起きたとしたら
その奇跡の子には『ネロ』と名付けようと。
リラとグロルはそう、約束していた。
それをグロルは覚えていてくれたのだ。
だから、ネロと言う人物の存在を知ったとき、すぐにリラと自分の子だと気づいた。
「二人で冗談半分に話してたことを、貴方は覚えていてくれた。それが、嬉しかった」
ねえ、グロルさん
「貴方がやったことは、いくら『呪い』のせいだと言っても、許されることじゃない。でもね、私やシルベスターくんは、あなた一人のせいだとは思ってないの。一番苦しんでいた貴方を救えなかった...手を差し伸べられなかった無力な私たちにも非はあった」
リラはぎゅっと格子を握りしめる。
「ごめんね...私は、貴方を助けられなかった。世界でたった一人の、大切な人だったのに...!」
思わず受け身になっていた。
彼ならいつか迎えに来てくれる。
だからずっと待っていると。
でも、それじゃダメなのだ。
一緒に居たいのなら、自分も前に進まなければ。
「今度は、ちゃんと傍にいる。私は、貴方が、好きだから。今でもずっと、大好きだから」
まっすぐな愛の告白は、昔と一切変わることなくグロルの心を貫いて
ずっと我慢していた涙がグロルの瞳からぽろりと零れ落ちた。
たった一人、グロルの心を支えていた、愛しい女性は、ようやく顔を上げたグロルの頬に手を伸ばす。
格子の隙間から手を伸ばし、涙にぬれたグロルの頬を優しく撫でた。
「やっとこっち見た。遅いよ、グロルさん」
「っ!!...ぅう...っう...ごめっ!」
自身に伸ばされた手を、泣きじゃくるグロルは上からそっと触れる。
大切に、壊れ物を扱う様に。
ようやく触れたその手をもう二度と、離さない、離してはいけない。
そう、二人は心に誓った。