櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
現国王で、シェイラの兄であるシルベスターは今、妻であるフランツィスカの故郷、花の王国・アントスに居る。
以前シルベスターが襲われたとき、それに巻き込まれたフランは、療養を目的として密かに故郷へ戻された。
本当の事を言えば、シルベスターがこれ以上彼女を戦いに巻き込ませないようにそうしたのだが、それは秘密のほうがいいだろう。
ようやく戦いが一段落したということで、シルベスターは数日前、
『フランの様子を見に行ってくる!しばらく向こうに居るから、あとのことよろしくな!!』
と言い残し、颯爽と国を出ていってしまった。
そのせいで国王代理となったシェイラは今、仕事に埋もれているというわけである。
しかし、シェイラがこれだけ落ち込んでいるのはそのせいではない。
原因はもちろん、ルミアである。
「ううぅーーなんでだよルミ...なんでぇーー」
積み上げられた仕事も一切手が付けられない状況に陥ったシェイラに頭を抱えたアネルマは、一つため息をつき、話を聞いてやることにした。
◇
木彫のデスクから離れ、応接用のふかふかソファに腰かけたシェイラの前に、アネルマが紅茶の入ったカップを置く。
「ありがと...」
「どういたしまして...で、一体何があったのあの子と」
向かい側に座ったアネルマは同じように紅茶のカップを手にして足を組む。
さすがに婚約者として過ごした来た期間があるだけに、心を許している感じは滲み出ていた。
「......えと、」
何やら言い渋るシェイラ。
その理由は大方察しが付く。
「何?私が元婚約者だから、そう言う類の話をするが憚れるって思ってんの?」
「、う...」
苦い顔のシェイラを見て、アネルマは呆れる。
「ったく、調子に乗ってんじゃないわよ。今もまだ自分が好かれてると思ってる訳?勘違いも甚だしいわね。貴方なんて最初っから利用するためだけでしかなかったの、それ以上の気持ちなんて欠片もないのよ?気負う事なんて何もないじゃない」
「ま、まあ、そうなんだけど...それはそれで、ちょっと傷つくなあ...」
相変わらずの直球。
シェイラは少し悲しそうに笑った。
「いいでしょ別に、貴方もそうだったんだから。お互いさまよ」
紅茶を口にしながらそう言う彼女に、シェイラは、
「...うん...でも、俺はアネルマの事、そんなに嫌いじゃないけどなあ」
と、呟いた。
その小さな呟きに、アネルマは目を丸くする。
ついこの間、自分を騙し、殺しかけ、挙句大切な人を死なせかけたような人間だというのに。
(このお人好しは...まったく)
アネルマは呆れたように笑い、そして言う。
「...私だって、人としては、貴方の事そんなに嫌いじゃないわよ...」
「!!」
そのアネルマの一言に、シェイラは目を輝かせた。
口に出しては言わないが、余程嬉しかったのだろう。
今までが今までだったので、シェイラには、ルミア以外、面と向かってものを言えるような友達がいなかった。
だからアネルマのような存在が何やら嬉しくて、胸のあたりがむずがゆいのだ。
その嬉しさを隠しているつもりなのだろうが、全く隠し切れずにダダ漏れしている目の前の王子を見てアネルマは、やはり呆れる。
(女子か、この人...)
でもどこか楽しげに、アネルマはひっそり笑った。