櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
「ありえないっ...あれはアルシェ一族だけに伝わる魔法で...!」
背後でその全てを見ていたユウは、驚きのあまり口をぽかんと開けて目を瞠る。
そんな彼に向かって、傍に座っていたジンノはそれはそれは面倒臭そうに応えた。
「確かに一部の一族だけにしか使えない魔法は存在するが、ごく少数だ。一般的には一族だけに伝わる魔法だからと言って誰にでも使えないというわけじゃない」
「でもっ!!だからって一回見たくらいで使えるわけッ!」
「本当に一回か?」
「え、...」
「あいつがあの魔法を見たのは、本当に一度かと聞いている」
そう言われて、ユウは思い返す
彼女の前であの魔法が使われたのは、自分が感覚的に使った出来そこないの物と
ロランが今も使っているあれ。
その二回だ。
「...確かに、一回じゃない。二回だった...けど、そんなの同じことじゃ...」
「ふん。二回あればあいつには十分、完璧にマスターできる。だからあいつは天才なんだ」
そんな、とまだ信じられないユウはルミアを見つめる。
初めての魔法により変化した身体を興味深げに観察していた。
目の淵の模様と同じ薄紫で色付けされた指先から、同様の色で細かく模様が施された自身の腕と足、腰元から生えた見慣れぬもっふもふのしっぽ
「...やってみると分かるけど、すごいわこれ。自分の身体じゃないみたい」
「ああ。身体そのものを改造するんだ。複雑な構築式と強力な氷の魔力を要する。まさかお前が氷の魔力を扱うとは思ってなかったし、そもそも一度でコピーできるほどやわな代物じゃないんだがな...」
「こういうのは得意なの。ある程度の魔法は一度見れば真似できる。二回見れば完璧に身に付けられる。今回は魔法が高度だった上、一回目の発動する瞬間を見逃しちゃったからちょっと私なりのアレンジが入ったけど...出来は上々みたい」
「...ああ」
「ねえユウ?このお面は必要?」
急に話を振られてユウはあたふたする。
「わ、分かんないよ。母さんがしてたから...」
「ふーん...でもどうしよう、使い道が分からないわこれだけ」
ルミアが首をかしげると、ロランは鼻で笑った。
「...教えてやろうか、それはあの女が自分の面を隠すためにしてたもんだ」
ロランの母も、元は《オーディン》の一人だった。
それもロランに次ぐ腕利きの。
彼女は暗殺業をする時、顔を見られることを嫌がった。
いずれ死にゆく身。
大抵の者は死人に口なしとおかまいなしだが、彼女はそれを嫌がり面をしていたのだ。