櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
「本当に狐のような奴だった。いい女だったが飄々として誰とも馴れ合わず、常に一人で生きていた。俺とは一族の決めた婚姻さ。愛などなかったがまあ、いい女に変わりなかったし跡継ぎを作る義務もあったから子はつくったが、それが間違いだったんだ。子が生まれたことで情が生まれたのかあいつは人を殺せなくなった。俺達の業界じゃ人を殺せなくなった奴は用無しなんでね」
「...だから殺したの?」
「そうさ」
「...可哀想な人」
ルミアの一言に、ロランはムッと眉根を寄せる。
「お前ら特殊部隊と何が違う?お前たちも人を殺せなくなったら使い物にならないだろう」
ロランの言葉にルミアは、まぶたを閉じて頷く。
「...そうね、たしかに表面的な本質は一緒でしょう。私たちも戦えなくなったら意味は無い」
だけど、
彼女はそうつぶやくと、閉じていた瞼をゆっくりと開け、真っ青な瑠璃色の瞳を強く輝かせながら前を向く。
「貴方たちと私たちは目的が違う。戦うための目的が、手を血に染める覚悟が」
「ふん、覚悟がなんだ。そんな口先だけのものに何の意味がある」
「意味はあるわ、この覚悟があるから、私たちは負けない、負けられない。どこの誰にも運命にも」
ルミアはそう言うと、静かに狐の能面を顔につける。
その瞬間、
彼女の身体全身から魔力が溢れ出す
泉のように底なしに溢れるそれは、彼女を中心に渦を巻き、真っ白な髪を、辺りの雪と共に巻き上げて吹き抜ける。
強大な魔力な風はその場にいた人達の肌を震え上がらせた。
ロラン、そしてジンノさえも。
おい、クソガキ
ジンノの声に、ユウは我に返る。
「よく見ておけ、あの子の姿を」
「え、...」
そう言ったジンノの横顔は、酷く凛々しくて
「俺達は皆、殺す為に闘うのではなく、守る為に闘う。その信念を持っているから俺達は、暗殺部隊ではなく、特殊部隊の『騎士』なんだ」
「いくら人を殺めようが、その全身を血に塗らそうが、俺達はその信念を、覚悟を忘れない。揺るがすことは絶対にない」
「あいつは今、お前のために戦う。瞼の裏に刻んでろ、あれが『騎士』の背中だ」
彼の目の先にいるルミアの後ろ姿は、目が離せなくなるほどカッコよかった
この時の事は二度と忘れることは無い。
ユウは知ったのだ
これが、この国の、フェルダンの『騎士』なのだと。