櫻の王子と雪の騎士 Ⅲ
「またそうやって何も教えようとしないんだから。勝手よね毎回毎回。子供みたい」
「あ゛!?お前だけには言われたくないね!二十歳過ぎても人を騙すことばかり追求しやがって。一瞬でも肝が冷えるコッチの身になってみろ!」
「肝が冷えても一瞬でしょう!?私は兄さんが完全に騙されるのを魔法完成の目安にしてるだけよ!!いいじゃないそれくらい、兄さんが一番強いんだって認めてるんだから!!」
「それとこれとは話が別だっ!!!」
「何よ短気!せっかく褒めたのに!カルシウムが足りてないんじゃない!?糖分も!!いつものミルクたっぷりコーヒーはちゃんと飲んだ??」
「自分じゃ作れないんだよ!お前が分量を教えてくれないから!!!」
「~~っそれくらい勘でやれ!!!」
また喧嘩に発展しそうな規格外の兄妹を下から眺めながら、ロランはため息を付きつつ思い出す。
ここフェルダンに来る前にルノーから受けた忠告を。
『白い魔王に気を付けろ』
『彼女は貴方の手に負えない。見つけたら避けるのです。相手にしてしまえば《オーディン》そのものが危ない』
「...《白い魔王》か。たしかにあんたの為にあるような言葉だ...」
確かに、手を出してはいけなかった。
魅力に駆られ、興味本位で手を出すべきではなかったのだ。
強く美しい、
《魔王》の妹である彼女に。
彼女はまさに、真っ白な姿をした《魔王》そのものだ。
しかしそう呼ばれた当の本人ルミアは、ジンノとの喧嘩を中断しその呟きに不愉快そうに顔をしかめた。
「白い魔王?私が?...はっ、誰がそんな事言ったの」
「...何かおかしいか?」
「おかしいもなにも...《魔王》は一人で十分。白も黒もない、世界にただ一人...この人だけよ」
ルミアはロランに向かって微笑み、ジンノをさしてそう言った。
「私を魔王だなんて、おこがましいにもほどがある」
「...随分、兄を尊敬してるんだな」
「ええ。心から尊敬してる、兄の様になりたくて騎士になった。まあ、短気なのが玉に瑕なんだけどね」
だけど
「二度と私をその名でよばないで。《魔王》は兄さん。私は、そうね...さしずめ魔王様の為に働く
《悪魔》よ」
その言葉を聞いたロランは笑った。
崩れた屋根の隙間から覗く青空をバックに立つ、二人の騎士。
一人はどこまでも黒く冷酷で、一人はどこまでも白く正義に満ちている
一見対照的で、けれどとても似通った奇妙な兄妹は、祭壇の上から降り注ぐ光を浴びて、この世のものではない輝きを放つ。
敵う訳がなかったのだ。
それほどに大きく手の届かない存在だと、この時のロランは痛いほど実感し諦めた様にため息をついたのだった。