進む道。

「せ、先生…。」

気まずいその人に顔を背ければ、勢いよく背中を叩かれる。

「いって、何すんだよ姉ちゃん。」

「情けない顔してんじゃないの。」

「…横暴。」

「子供みたいに拗ねてるのはどこの誰よ、まったく。」

昔と変わらない笑顔が、俺達を照らす。俯いてた木葉の頬が赤くなるのが分かった。

(やっぱり、姉ちゃんには敵わない。)

どれだけ縛り付けて木葉を独占しようとしても、側にいてくれるだけの木葉は感情がないのと同じ。

怒って、拗ねて、照れて、笑って。

年相応の表情を見せる木葉に、何故か俺も嬉しくなった。

「…木葉、今までごめん。」

ごめんと言いながら、顔は笑顔を作る。無意識に溢れた涙に気づいたのは、姉ちゃんが背中を撫でてくれたときだった。

「俺、ずっと木葉が一番だった。木葉と俺。二人だけの世界さえあれば、俺はそれで良かった。だから、お前を姉ちゃんにとられて、独りになるのが怖かった。でもさ、それって俺の我儘なんだよな。独りになるわけないのに、それを怖がる時点で間違ってたんだ。押し付けない自由ってやつの大事さを、白沢さんが教えてくれたから、俺もようやくそれに気づけた。」

『色んな世界が木葉の中にあっても、俺の中でお前が一番大事な友達って事実が、変わる分けねえのにな。』

馬鹿でごめん。
我儘でごめん。

たくさんの言い表せない『ごめん』を木葉に伝える。涙で途切れ途切れの言葉を、姉ちゃんも木葉も最後まで聞いてくれた。

優しく背中を撫でる手は、小学校の時より小さく感じて、あの時から流れてしまった時間に胸を締め付ける。

「ぶっ、ははは。嵐、泣きすぎ。」

ようやく俺を見据えた木葉の瞳は、潤んでいた。

「…俺、聞いたんだ。朝、お前と白沢さんが話してるの。」

泣くのを我慢してるのか、震える声で木葉が語る。

「何で。って思ったよ。俺だってお前が大事だった。お前が笑ってくれれば、二葉への気持ちだって無かったことにできた。…なのにお前泣いてんだもん。俺の気持ちも知らねえで、勝手に罪悪感感じて…馬鹿じゃねえの。俺だってお前が、大事な友達なんだ。…泣かせるために、お前の側にいた訳じゃねえの。分かる?」

「うん…。」

「皆が笑えばってやつ、俺がよく言うだろ。あれ一番はお前等だから。裏切るのか。って聞かれたあの時、俺の大事な二人は泣いてた。だから、俺は笑ったんだ。二人に笑ってほしくて。皆が、なんてカッコつけても、一番はまた三人で笑いたかったから…っ。」

堪えきれなくなった涙は、木葉の頬を濡らす。流れる大粒の涙を、姉ちゃんは愛おしそうに拭っていた。

ほんと馬鹿ねえ。と木葉を抱き締める姉ちゃんは、俺の知らない顔をして静かに涙を溢した。

「私も、貴方達も…子供だったのよ。依存しないと生きていけない。寂しくて、ダメになってしまう子供。でも、寂しさを隠さない貴方達が私は心配で、可愛かったわ。木葉は愛しくて、嵐は可愛くて…嵐から木葉をとるつもりなんて無かったけど、必然的にそうなってしまったあの時を、何度も後悔した。でも、やっぱり二人共大好きなのよね。私は。二人はどう?」

ーー俺も、大好きだよ。

おいで。と手を広げる姉ちゃんに抱きついて、子供みたいに木葉と二人で大泣きした。

幼稚園の時、二人だけで迎えを待つ時間が辛くて、迎えに来てくれた姉ちゃんの笑顔を見て泣きじゃくったあの頃の様に。

グラウンドから聞こえる体育の笛の音を聞きながら、久しぶりに三人で笑いあった。


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