進む道。
それぞれの
泣きつかれて眠る嵐の目は、擦りすぎて赤く腫れていた。
「これ。冷やしてあげて。」
二葉から受け取った冷たいタオルを目の上に乗せてやる。冷たすぎたからか、ビクッと肩を動かした嵐に笑みがこぼれた。
「…嵐の寝顔は、いつ見ても変わらないわね。」
「変わらないよ、嵐は。ずっと俺のヒーローだから。」
「ふふ、そうね。」
転園したばかりで、友達もいない俺に嵐は一番に声をかけてくれた。一人で遊ぶのなんかつまらない。そう言って手を引いてくれた背中は小さくて、向けられた笑顔が輝いていたのを今でも覚えている。
小さくて、優しい。
笑顔の素敵な俺だけのヒーロー。
大きくなっても、優しさゆえに人を傷つけるのを怖がった。独りになりたくないと、俺に依存しながら自分を戒めるヒーローを、いつか助けてあげたかった。
そんな時、俺にもう一つ大切なものができた。
八つ上の嵐の従姉、黒城二葉(こくじょうふたば)。
自然と付き合うようになった俺達は、離れていても幸せだった。
でも、それは一時の感情。
裏切るのかと問われ、嵐を悲しませたくなかった俺は、二葉を見捨てた。
二葉は何度も「ごめんなさい。」と、泣いていた。
俺は、嵐のために、二人の笑顔のために。と必死に笑顔をつくって、自ら鎖へ体を納めた。
だけど、嵐は罪悪感で押し潰されそうな顔をして、二葉は涙でぐちゃぐちゃな顔で俯いていた。
ーー俺が求めていたはずのものは、返って来なかった。
あの時、俺がした決断は間違いだったのか…。高校に上がって三年ぶりに再会した二葉は綺麗だった。でも、そんな事今の俺には関係ない。
『嵐を裏切らない』
その言葉を胸に、二人の世界へ閉じ籠る。
二葉と言う存在に後ろ髪引かれながらも、ヒーローを救いたくてずっと側に居た。
優しくて、寂しがりで、怖がりな嵐。
でも、アイツは俺じゃなくてたった二日前に出会った女の子に救われた。
(嵐が俺だけのヒーローなら、彼女は嵐だけのヒロインか。)
人生とは何が起こるか分からない。分からないからこそ、面白いと人は言うけれど…幼い俺達にはそれを楽しむ余裕はまだない。なら、無理に楽しまずに乗り越えようと目の前で寝息を立てる嵐を見て思う。
鎖を手放した嵐は、きっとこれから自由の過酷さを知っていく。それは俺も代わらないけれど、二人でなら…多分、その過酷な事さえ笑って乗り越えられるような気がするんだ。
「…貴方も嵐も、もう幼稚園の時のような子供じゃないのね。」
嵐から俺へ。
「はは、今さら知ったのかよ。」
離された手綱をバトンのように受け取り、
「四年間、二人の成長を間近で見られなかったんだから仕方ないでしょう。」
短いようで長かったこの四年を振り替える。
「はは。…なぁ、二葉。」
依存しあってた俺達は、
「なあに、木葉。」
ここから初めて、
「好きだよ。大好き。愛してる。」
一人の道を歩みだす。
「っ…馬鹿。」