進む道。
君も俺も、
「ん…。」
消毒液が鼻を掠める。
うっすらとした意識の中で、白い壁が見えた。
(嗚呼、寝てしまってたのか。)
ぼうっと天井を見上げれば、壁と同じ白色。しばしばする目を擦りながら、周りを見渡した。そこに、一緒に泣いていたはずの二人は居なかった。
置いていかれた。と、携帯を見れば五限が終わる時間。今日は確か、五限で終わり。後は帰宅するだけだ。重たい頭を起こして、保健室の扉へ手をかければ話し声が聞こえた。
扉に近い話し声に、出ていいものか迷っていると、聞きなれた声が混ざって聞こえる。
「…ナンバーワン制度は、無くなりました。だから私はもう、ナンバーワンじゃありません。」
白沢さんだ。
廊下で狙われたのか。なんて他人事のように聞き流していると、大きな打撲音。驚いて扉を開ければ、お腹を押さえて踞る白沢さんと、それを囲む数人の男子生徒が目に入った。
プッチン
何かの切れる音。
それは俺の耳元で響いた。
「寄って集って女の子に怪我させるとか、アンタら俺より最低だね。」
『頭に来たから、その喧嘩俺が買ってやるよ。』
調子に乗るなよ。と殴りかかってくる男達。二年では見ない顔が揃っていた。白沢さんが敬語を使っていた辺り、三年だなと憶測を立てて今後の動きを考えた。
ただの喧嘩だけなら普通にすれば良い。でも、今回は白沢さんが狙われている。しかも、既に負傷済みときた。蓋をして棚にしまい込んだ感情が、怒りと共に蓋をあけて顔を出す。出てこなくていいのに、好きな人を傷つけられたと言う怒りの前では自制もきかなかった。
「決めた。アンタらが白沢さんにしたように、鳩尾に決めてやんよ。」
大振りの拳は、予測しなくても避けれる。子供の遊びかよ。と相手を挑発しながら、宣言通り一人ずつ丁寧に鳩尾をきめた。
あまりの痛さに廊下に倒れる生徒達。
「アンタら、三年生ですよね。良いのかなぁ…こんな大事な時期に暴力沙汰なんて起こして。嗚呼、馬鹿だから良いのか。俺が何やっても馬鹿には今後なんてないから、関係ないですもんね。…ね?」
笑顔で問えば、相手は顔を青くした。優しく言っているにも関わらず、踞る生徒達は悪寒でもするのか震えている。
「俺、今日は機嫌良いから。三十秒居ないに消えたら見逃してあげますよ。…それから、二度と白沢さんに近づくな。もし、他の奴一人でも白沢さんを襲えば、俺もお友達と本気だして潰しに行くから。じゃ、いくよ。いーち。にー。さーん…。」
何度も謝罪を重ね、もうしません。と逃げ去る先輩達を見送った。踞りながらも、へへっと笑う白沢さんは、元々喧嘩が強いこともあって案外ピンピンしていた。
「ありがとう、嵐君。すんごいかっこ良かった。」
「えっ。あ、いや…その、それほどでも。」
出てきた感情はもう直せない。笑顔に反応して赤くなる頬に、単純だなと自分で突っ込みをいれた。
肩を貸して、白沢さんを保健室へ。まだ少し痛むようで、ベッドへ横に寝かせた。
「大丈夫?すぐ先生呼んでくるから。」
姉ちゃんと木葉を探そうと踵を返せば、握られる裾。ドキンドキンと胸が大きく脈打つ。
「私、ずっと嵐君に言わなきゃいけないことがあったの。」
全身に鳴り響くその音は、俺のものなのか目の前で赤くなっている彼女のものなのか、区別がつかない程大きく高鳴っていた。
「言わなきゃ、いけない事…?」
淡い期待を胸に、言葉を繰り返す。
裾を握る手を見つめる彼女は、ようやく俺を見てくれた。
「私…ずっと嵐君に借りていた傘を返したくって。一年も借りたままにしててごめんね、助かりました。」
「あ…なんだ、それか。」
粉々に粉砕された淡い期待は、サラサラと砂となって消えていく。まあ、そー言うオチですよね知ってた。と悪態をつく俺に、疑問符を頭に浮かべて小首を傾げる白沢さん。
(もう、傘でもなんでもいいや。)
恋と言うのは盲目で、目の前の彼女が可愛すぎる事で全てが許せてしまえた。