進む道。
自由
白沢さんと、出会った次の日。
また俺は彼女の夢を見た。
昨日見た夢とは違って、どこか見覚えのある傘を彼女はさしていた。
良かった、今日も泣いてない。そう思えば自然と開く瞼。明るい朝日が、カーテンから差し込めばまた次の朝が来たことを実感する。
着替えて、いつもの道を歩く。
いつもより早く出た俺は、木葉に告げることなく学校へ向かった。
「うっわ、誰もいねえ。」
靴から上履きへ。いつもは煩い廊下や教室も、人が居なければ廃墟のように静かで、一人呟いた声が反響して消えていった。
「おはよ、嵐君。早いんだね。」
教室で一人窓を眺めていると、白沢さんが入ってきた。
「はよ。知らなかった?俺結構早起きだよ。」
「ふふ、ごめん。知らなかった。」
「はは、そりゃ仕方ないな。」
うちの学校は、全校での人数も少なくクラス数も少ない。三クラスあれば多い方な、少人数校だった。俺の学年は二クラスで、白沢さんと俺達は別々だったらしい。
らしいって言うのは、後で木葉に聞いたから。
他人に興味がなかったからか、木葉としかつるんでなかったからか、自分のクラスの奴等さえも曖昧だが、俺はそれで良かった。
でも、白沢さんに関してはどうしてか悔しかった。
白沢さんに木葉がとられたような気がしたからか。なんて自問自答してみても、答えなんて見つからない。
ただ一つ分かるのは。隣で外を眺める彼女がまた綺麗に微笑む姿を、見つめてしまう俺がいると言うこと。
「そう言えば、昨日はありがとう。木葉の思い付きに付き合ってくれて。」
静かな雰囲気に飲まれそうになるのを堪えて、昨日を振り替える。屋上から戻った俺達は、すぐに白沢さんへ話にいった。
『俺等とお友達にならない?』
日直だったのか、黒板を消していた彼女に木葉が唐突に投げかける。
呆気に取られた彼女は、コトンと黒板消しを落としてしまった。落ちた黒板消しから、白いチョークの粉が舞う。俺はそれを他人事のように見ていた。
「思い付きだなんて、嬉しかったよ。まさか一度に二人もお友達が出来るなんて思ってなかったから。」
「白沢さんは優しいね。」
嬉しそうに頬を染めた白沢さんを、見下げる。小さい白沢さんは、ぐんっと首を伸ばして俺を見上げた。
「本当に優しいのは、嵐君だよ。」
ドキリ。心臓が跳ねる。
「そんな事無いよ。」
今まで誰にでも優しくしてきた。「優しいね。」と言われる外っ面を、恥ずかしいなんて思ったことは無かった。
でも、彼女からは違った。
何故か分からないけれど、とてつもなく恥ずかしくなった。
「嵐君?」
耳元で心音が聞 こえる、俺はその場にしゃがみこんだ。心臓が潰れるように痛い。何百回と同じことを言われてきた筈なのに、彼女からの言葉はどうしてか聞きたくなかった。
「大丈夫…?」
「ごめん…ちょっと寝不足で、大丈夫だから。」
言葉が終わるのが早いか、白沢さんは俺の腕を取った。わけも分からず立ち上がった俺を、引っ張って走り出す。廊下にはちらほらと登校してきた生徒がいて、走って乗降口を目指す俺達を不思議そうに見送った。
「ちょ、白沢さん…っ。」
「もうすぐだから。」
ガチャン。と乗降口の扉を開ければ、手入れがされてない花壇が。緑色の雑草の中には、まばらに色とりどりの花が咲いていた。花壇の前にしゃがみこみ、こっちこっち。と手招きする白沢さん。
まだ頭が追い付いてない俺は、誘われるまま隣へしゃがみこんだ。
「ここね、もう使われてない花壇なんだ。でも、花も雑草も、自由に自分の意思で咲いている。その姿が健気で…勇気をもらえる気がして。辛いとき、この子達を見て元気をもらってるんだ。」
「そうなんだ。」
自分の意思で強く咲く花達。白沢さんは、その姿がかっこいくて好きだと言った。
そして、俺の事もかっこいいと言った。
「…先生から、ナンバーワン制度の事聞いたでしょ?……私ね、制限される自由がバカらしくなったの。ナンバーワンになったあの時から、助けた友達は学校自体怖くなって転校していった。助けたかった子は助からずに、私は周りから恨まれるようになった。力の無い子達には怖がられて、下克上を考えてる子には狙われて。先生には差別の対象とされた。孤独ってどー言うものか、その時初めて知ったの。私が復讐しても、結局何一つ解決しなかった。でもね、思ったんだ。廃止して良かったなって。誰かが縛らなきゃ生まれない自由なんて、自由じゃない。自分を押し殺してまで、相手に従うなんて…そんなの理不尽じゃない。」
自分を押し殺してまでーーー
心臓が、また跳ねた気がした。
「…自分を守るために、相手を縛ることはいけない事だと思う?」
「んーん、思わない。それでお互いが満足できるなら。だけどね、私は気持ちの押し付けや束縛、己の意見だけを通すやり方で相手を閉じ込めるのは、間違ってると思う。それで自分は助かるかもしれない。けれど、それで悲しむ人もきっといるはずだから。」
俺に向けて言われてるようだった。
木葉と姉ちゃんについて、白沢さんは知らない筈なのに。彼女が言う言葉すべてが、『解放してあげて。』と訴えてるように聞こえる。
「悲しむなんて、分からないじゃないか。」
子供のように声を荒らげる。我儘を言えば全て通る訳じゃないのに。
それでも、何が正しいかなんて誰にも分からないじゃないか。分からないからこそ、やってしまった事に今さら取り返しなんてつかない。
「…貴女が教えてくれたのよ、嵐君。」
「え…?」
「私がナンバーワン制度を廃止にした日。雨の中本当に正しい選択をしたのか、考えてた私に折り畳み傘を貸してくれた。貴方は覚えてないみたいだけど、私はあれが嬉しかった。ナンバーワンって知らなかったから、私に話しかけてくれたんだと思うけど…貴方はその時言ったのよ。"あの時こうすればって後悔は、いつでも出来る。だけど、それを成功に持っていくのは今しかできないよ。"って。」
『それは、貴方の中にも成功に持っていきたい後悔があるからじゃないの?』