新天地へ
おいしい異文化
「本当にそれだけか?誰からここを聞いた?」
「はい?いえ、たまたま見つけて入ってしまったのです。」
なんだって?こんなに疲れてるのに、他に理由なんてあるはずないじゃない。そもそも、誰かって、ひとりぼっちのわたしに紹介してくれる誰かなんて誰もいないよ。
何かが、引っかかる言い方だったけれど、今はもうどうでもよかった。早くここを出て、次の扉を探さないと。
「そういうことなので、変なところに入ってしまって、ごめんなさい。じゃあ、お邪魔してすみませんでした。」
そういって軽く礼をして、椅子から立ち上がった。天井が低い。
「変なとこで悪かったな。おまえ、本当に何の用もないんだな?」
変な言い方だった。何か用があってこんなとこにくるやつなんているんだろうか。
わたしはうんと頷いて、そのまま出て行こうとした。
「おい、どこ行くんだ。」
嫌な予感がした。
「どこって、外に行くんですよ。」
「だから、外に行ってどうするんだって。」
「どこか寝床でも探しますよ。」
一刻もはやくここを出たかった。とにかく、相手が真っ黒なのが恐かった。
「馬鹿か。あるわけないだろ。お前、いま何時だと思ってる?あと少しで・・・、なんでこんな時間にほっつき歩いてるんだ?」
「別に、何だっていいじゃないですか・・・。」
寝床なんてあるわけない。ここの人にそう言われたら、ほんとにないんだろうな。細い糸が切れた気がした。体が急に重くなってきた。
「寝るだけだな?お前、本当になんの目的もないんだな?」
こっちの台詞だわと喉までこみ上げてきた。なんでわたしが疑われなきゃいけないのか意味が分からなかった。強盗だとでも思っているんだろうか。もうこんな話はやく終わらせたい・・・。
「ええ・・・。」
あたりがぼうっと暗くなったような気がした。
ああ。
限界が来た。タイミングが悪すぎるぞ、わたし。
「なら、一晩だけなら泊まらせてやる。奥に部屋がある。そこを使え。」
声がわんわん頭に響いて何を言っているか・・・。
暗く深い海の底から眩しい水面へと泳いでいくようにゆるやかに目が覚めていった。
はっとして跳ね起きた。あたりを見回すとそこは倉庫のようだった。相変わらず同じ灰色の棚が整然と並び、その廊下に寝かされていた。下を見ると薄いピンクの毛布が敷かれ、白く分厚い布が体に掛けられていた。
棚には机と同じようにいろんな工具や器具が置いてあった。
ゆっくりと起き上がった。天井が低い。
いったい何時間経ったんだろう。だいぶぐっすり寝れた気がする。
扉を開けると、さっきの立方体の部屋に出た。
黒いのが椅子に座り、サングラスの代わりに細い縦長のレンズをかけて何か作業をしていた。
「おはようございます。」
「おはよう。ぐっすり寝たな。」
「どのくらい寝てました?」
「一日半だ。」
一日半。わたしの傍をあっという間に時間が通り過ぎていく。やっぱり、おばちゃんの店でも、完全に疲れがとれたわけじゃなかったんだ。
それでも、今はだいぶしゃっきりとしている。
「あ。」
そう言って黒いのは手を止めて立方体の別の側面にある扉を開け奥に消えていった。扉がゆっくりと閉じた。
しばらくすると、
「おい。扉を開けてくれ。」
と向こう側から聞こえてきた。仕方なしに取っ手を回してやると、両手に大皿二つぶん、食事を持って立っていた。
「腹減ってるだろ。」
うんと黙って頷いた。持ってろと言われ大皿を手渡された。その間に黒いのはテーブル上の散らかった物を隅っこによせてなんとか二人分のスペースを作った。普段からここでご飯食べてるのか・・・。
皿を眺めてみると、よくわからないものがぎっしりと詰まっていた。知っている食べ物と微妙に違う。
またこの感覚だ。似ているけれど微妙に違う。
例えばこのエビだかカニだかに似ているもののフライ。何フライだろうこれ。脚がめちゃくちゃある。例えばこの紫色のつぶつぶした豆腐に似た何か。すごいつぶつぶしててぞっとする。その他野菜なんかも、絶対にキャベツでもレタスでもないとわかるけれど、すごく近いものの千切りや、断面に豹のような黒い斑紋のあるトマトだったりがあったりした。とにかく、皿の上には異文化が盛り盛りだった。
つまり、おもてなしということだ。
昨日の深夜、不法侵入した上に不躾な態度を取ったわたしに。
いったい何回お世話になるんだろう。わたしなんかにこんなにしてもらって、この旅にそれに見合う意味はあるんだろうか。
「おい、出来たぞ?」
不思議そうな顔でこちらを向く。気づけばまたサングラスをかけていた。もう、黒いことやなんかに対して恐怖感はなかった。
「はい。」
「いただきます。」
あらゆる料理を躊躇無く食べた。たくさんの脚が口の中で跳ね、豆腐のつぶつぶが口の中でうねったけれど、半ば期待していた通り、味は格別だった。
「おいしい。」
話す時間がもったいなくて最低限しか言えなかった。ひたすら食べた。だされた水もごくごく飲んだ。水は普通だった。
「よく食べるな。」
顔を上げると小さい腕を組み感心した様子でこちらを見ていた。
「普段はこんなんじゃないんですよ。ただ旅で疲れてて・・・。」
「旅って、いったいどこから来たんだ?田舎か?それに、あんたあれがついてないね。」
そういって顎で顔の方を指した。
「あなただってついてないじゃないですか。」
そう言って顎で顔の方を指した。
「そりゃあお前、俺は・・・。」
と笑った瞬間口をつぐんだ。
「お前、本当にどっから来たんだ?」
話せば長くなる。それでも、出来るだけ簡単にいままでの道のりを話した。白いピースの話はやっぱり伏せた。その間、相づちを挟む事も無く、黙って聞いてくれた。
「ひゃー。」
話し終わると、そう言ったきり俯いて黙りこくってしまった。
それから暫くの間お互い何も言わなかった。
「それで、どうしたいんだ?これから。」
わたしにもわからなかった。ただ、どうしてか新天地の中枢に行く必要があるような気がしていた。
「中枢か・・・。」
苦笑いしながら反復した。
「なんですか?」
「いや、難しいなと思ってな。ここからじゃ行けんぞ。」
「行けない?」
「ああ、上に登る必要がある。」
上。上層部。新天地の美しい本当の姿。
会社のトイレで見た、あのビルたち。
とうとうその時が来た。
行きたい。行ってみたい。
「でも、パスポートがないと・・・。」
「そうだな。」
そういってにやりと笑った。さあっと世界が開けていくように、自分の瞳孔が開いてゆくのがわかった。
「なにかいい案でもあるの?」
「はい?いえ、たまたま見つけて入ってしまったのです。」
なんだって?こんなに疲れてるのに、他に理由なんてあるはずないじゃない。そもそも、誰かって、ひとりぼっちのわたしに紹介してくれる誰かなんて誰もいないよ。
何かが、引っかかる言い方だったけれど、今はもうどうでもよかった。早くここを出て、次の扉を探さないと。
「そういうことなので、変なところに入ってしまって、ごめんなさい。じゃあ、お邪魔してすみませんでした。」
そういって軽く礼をして、椅子から立ち上がった。天井が低い。
「変なとこで悪かったな。おまえ、本当に何の用もないんだな?」
変な言い方だった。何か用があってこんなとこにくるやつなんているんだろうか。
わたしはうんと頷いて、そのまま出て行こうとした。
「おい、どこ行くんだ。」
嫌な予感がした。
「どこって、外に行くんですよ。」
「だから、外に行ってどうするんだって。」
「どこか寝床でも探しますよ。」
一刻もはやくここを出たかった。とにかく、相手が真っ黒なのが恐かった。
「馬鹿か。あるわけないだろ。お前、いま何時だと思ってる?あと少しで・・・、なんでこんな時間にほっつき歩いてるんだ?」
「別に、何だっていいじゃないですか・・・。」
寝床なんてあるわけない。ここの人にそう言われたら、ほんとにないんだろうな。細い糸が切れた気がした。体が急に重くなってきた。
「寝るだけだな?お前、本当になんの目的もないんだな?」
こっちの台詞だわと喉までこみ上げてきた。なんでわたしが疑われなきゃいけないのか意味が分からなかった。強盗だとでも思っているんだろうか。もうこんな話はやく終わらせたい・・・。
「ええ・・・。」
あたりがぼうっと暗くなったような気がした。
ああ。
限界が来た。タイミングが悪すぎるぞ、わたし。
「なら、一晩だけなら泊まらせてやる。奥に部屋がある。そこを使え。」
声がわんわん頭に響いて何を言っているか・・・。
暗く深い海の底から眩しい水面へと泳いでいくようにゆるやかに目が覚めていった。
はっとして跳ね起きた。あたりを見回すとそこは倉庫のようだった。相変わらず同じ灰色の棚が整然と並び、その廊下に寝かされていた。下を見ると薄いピンクの毛布が敷かれ、白く分厚い布が体に掛けられていた。
棚には机と同じようにいろんな工具や器具が置いてあった。
ゆっくりと起き上がった。天井が低い。
いったい何時間経ったんだろう。だいぶぐっすり寝れた気がする。
扉を開けると、さっきの立方体の部屋に出た。
黒いのが椅子に座り、サングラスの代わりに細い縦長のレンズをかけて何か作業をしていた。
「おはようございます。」
「おはよう。ぐっすり寝たな。」
「どのくらい寝てました?」
「一日半だ。」
一日半。わたしの傍をあっという間に時間が通り過ぎていく。やっぱり、おばちゃんの店でも、完全に疲れがとれたわけじゃなかったんだ。
それでも、今はだいぶしゃっきりとしている。
「あ。」
そう言って黒いのは手を止めて立方体の別の側面にある扉を開け奥に消えていった。扉がゆっくりと閉じた。
しばらくすると、
「おい。扉を開けてくれ。」
と向こう側から聞こえてきた。仕方なしに取っ手を回してやると、両手に大皿二つぶん、食事を持って立っていた。
「腹減ってるだろ。」
うんと黙って頷いた。持ってろと言われ大皿を手渡された。その間に黒いのはテーブル上の散らかった物を隅っこによせてなんとか二人分のスペースを作った。普段からここでご飯食べてるのか・・・。
皿を眺めてみると、よくわからないものがぎっしりと詰まっていた。知っている食べ物と微妙に違う。
またこの感覚だ。似ているけれど微妙に違う。
例えばこのエビだかカニだかに似ているもののフライ。何フライだろうこれ。脚がめちゃくちゃある。例えばこの紫色のつぶつぶした豆腐に似た何か。すごいつぶつぶしててぞっとする。その他野菜なんかも、絶対にキャベツでもレタスでもないとわかるけれど、すごく近いものの千切りや、断面に豹のような黒い斑紋のあるトマトだったりがあったりした。とにかく、皿の上には異文化が盛り盛りだった。
つまり、おもてなしということだ。
昨日の深夜、不法侵入した上に不躾な態度を取ったわたしに。
いったい何回お世話になるんだろう。わたしなんかにこんなにしてもらって、この旅にそれに見合う意味はあるんだろうか。
「おい、出来たぞ?」
不思議そうな顔でこちらを向く。気づけばまたサングラスをかけていた。もう、黒いことやなんかに対して恐怖感はなかった。
「はい。」
「いただきます。」
あらゆる料理を躊躇無く食べた。たくさんの脚が口の中で跳ね、豆腐のつぶつぶが口の中でうねったけれど、半ば期待していた通り、味は格別だった。
「おいしい。」
話す時間がもったいなくて最低限しか言えなかった。ひたすら食べた。だされた水もごくごく飲んだ。水は普通だった。
「よく食べるな。」
顔を上げると小さい腕を組み感心した様子でこちらを見ていた。
「普段はこんなんじゃないんですよ。ただ旅で疲れてて・・・。」
「旅って、いったいどこから来たんだ?田舎か?それに、あんたあれがついてないね。」
そういって顎で顔の方を指した。
「あなただってついてないじゃないですか。」
そう言って顎で顔の方を指した。
「そりゃあお前、俺は・・・。」
と笑った瞬間口をつぐんだ。
「お前、本当にどっから来たんだ?」
話せば長くなる。それでも、出来るだけ簡単にいままでの道のりを話した。白いピースの話はやっぱり伏せた。その間、相づちを挟む事も無く、黙って聞いてくれた。
「ひゃー。」
話し終わると、そう言ったきり俯いて黙りこくってしまった。
それから暫くの間お互い何も言わなかった。
「それで、どうしたいんだ?これから。」
わたしにもわからなかった。ただ、どうしてか新天地の中枢に行く必要があるような気がしていた。
「中枢か・・・。」
苦笑いしながら反復した。
「なんですか?」
「いや、難しいなと思ってな。ここからじゃ行けんぞ。」
「行けない?」
「ああ、上に登る必要がある。」
上。上層部。新天地の美しい本当の姿。
会社のトイレで見た、あのビルたち。
とうとうその時が来た。
行きたい。行ってみたい。
「でも、パスポートがないと・・・。」
「そうだな。」
そういってにやりと笑った。さあっと世界が開けていくように、自分の瞳孔が開いてゆくのがわかった。
「なにかいい案でもあるの?」