パッシングレイン 〜 揺れる心に優しいキスを

『……二葉?』

「あ、えっと……」


聞きたいことがあるのに。
大事なことなのに。
どういうわけか、言葉が出てこない。


『もしかして、寝ぼけてる?』


クスクスという笑い声が部長から漏れた。


「……あの、部長、」

『ん? どうした?』

「……社長と会ってたんです……よね?」


確かめるようにゆっくりと尋ねる。


『え?』


聞き返されて、聞くのが怖くなる。
この目で見たくせに、実は違うんだと、否定されたらどうしよう。
その後の言葉を用意していなくて、口籠った。


『社長と一緒だったよ?』

「……そう、ですか」

『それがどうかした?』

「いえ……」


女の人と歩いていたでしょ?
誰なの?
どうして、社長と会っていたなんて嘘を吐くの?

聞きたいことは山ほどあるのに、どれも喉元で止まったまま。
私にとっては怖い沈黙が訪れた。


『それじゃ、もう遅いし、そろそろ切るよ? おやすみ』

「……おやすみなさい」


何の躊躇いもなく切られてしまった。

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