パッシングレイン 〜 揺れる心に優しいキスを
この前会ったときには、そんなことはひと言も言っていなかったのに。
……もしかしたら、あの彼女のせい?
社長の娘との縁談を断ったから?
嫌な予感が胸をかすめる。
ドキドキと速まる鼓動。
いても立ってもいられないのに、どうしたらいいのかわからない。
こんなときに、部長と離れたここにいることが無性にもどかしかった。
「稲森くん」
不意に菊池部長に名前を呼ばれた。
「……はい」
「この書類を経理部へ届けてもらえないかな? 午前の社内便はもう出てしまったから」
「本社へ、ですか?」
頷く部長。
グッドタイミングの指示に、大きく返事をした。