パッシングレイン 〜 揺れる心に優しいキスを
「……部長と結婚したくて、父親にねだって異動させたの?」
「可能性はあると思わない? 友里恵さんが二葉と部長のことをどうやって知ったのかはわからないけど、二葉が倉庫に異動させられたのも、部長と引き離すためなんだよ、きっと」
それじゃ……部長が私と付き合う以前の恋人に振られたのも、友里恵さんが画策したこと?
部長と結婚するには、恋人が邪魔だったから。
それなのに、今度は私が部長と恋人同士に。
それは、友里恵さんの誤算だったのかも。
「でも、部長はちゃんと断ってくれたんだもん。よかったじゃない」
「……複雑だよ。部長、仕事を大切に思ってたんだもん」
「そうだよね……」
琴美が顔を曇らせる。
「さっきね、地下の資料室にいる部長に会って来たの。あんな薄暗い場所にひとりでいるのを見て、ものすごく胸が苦しかった」
思い出すだけで胸が締め付けられる。
部長として栄転してきて、始まったばかりの業務改革。
やる気満々で毎日頑張って来たのに、それをこんな形で奪われてしまうなんて。
悔しさに下唇をかみしめた。
私とあの店の前でぶつかっていなければ。
私がキーホルダーを落としていなければ。
そうすれば、私たちが付き合うことはなかったかもしれない。
社長の娘との結婚話がトントン拍子に進んで、仕事も順調だったかもしれない。
「とにかく、ふたりは何も悪いことはしてないんだから。社長だって、有能な人材をいつまでもあそこに置いておくわけないよ。友里恵さんの気持ちが収まったら、きっと元に戻れるって。大丈夫大丈夫」
琴美はあっけらかんと笑ってみせるのだった。