パッシングレイン 〜 揺れる心に優しいキスを
◇◇◇
「――りくん、稲森くん」
「あ、は、はい!」
今いるのが会社だということを忘れていた私は、菊池部長に名前を呼ばれて慌てて椅子から立ち上がった。
「何をぼんやりしてるんだね?」
「……すみません」
立ったまま頭を下げると、部長は私を手招きして自分の席へと呼んだ。
「この伝票が午前のラストだ。処理を頼んだよ」
「はい」
部長の手から伝票を受け取って、席へと戻りかけたところで足を止めた。
「あの、部長……」
「ん? なんだね?」
「本社に持って行くものとか、何か用事なんて……ない、ですよね?」
仕事そっちのけで、つい聞いてしまう。
相原部長が気がかりで仕方がなかった。
今どうしているのか。
あの地下の資料室でひとりきり、何を思っているのか、心配でたまらない。