パッシングレイン 〜 揺れる心に優しいキスを

◇◇◇

どこに行っちゃったんだろう。
本社に着き、菊池部長に頼まれた名刺を注文したあと、地下の資料室へ向かってみたけれど、部長の姿は見当たらなかったのだ。

社内をあてもなく彷徨う。

もしかして、お昼休憩かな。
腕時計を見ると、午後一時を少し回ったところだった。

仕事をしながらデスクで食べることが多い部長だったけれど、社食にでも行ってるのかもしれない。
足を速めて向かった。

まだ人の出入りの多い時間帯の広い社食は、空席がチラホラ見えるくらいだった。

部長はどこだろう。
ここにも来ていないのかな。
背伸びをして探していると、一番奥の窓際のテーブルに、やっとその姿を見つけた。
けれど、近づこうと小走りになりかけた足は、その場で動けなくなった。

窓の外をぼんやりと見る顔に生気はなくて、目の前に置かれた定食には、ほとんど手がつけられないまま。
部長そのものの存在が、まるでそこにないようだった。

騒がしい社食の中で、そこだけが別世界。
部長の魂は、どこか別のところへ飛ばされてしまったみたいだ。

友里恵さんの言う通りなのかもしれない。
私じゃ、部長を幸せにできないのかも。

ものすごい力でギュッと捻り潰されるように、胸の奥が痛くてたまらなかった。

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