パッシングレイン 〜 揺れる心に優しいキスを

「あ、うん……」


溜息と一緒にふぅと大きく吐いた息が、目の前を白く染めて消えていった。

コートを脱ぎながらリビングへ入ると、お父さんとお母さん、ふたりの姿が見えなかった。

まだ帰って来ていないのかな。
そういえば、旅行へ行くとか行かないとか。
そんなことを言っていたかもしれない。
ぼんやりとそんなことを思いながらソファに腰を下ろした。


「顔色悪いぞ?」

「……そう?」


顔を覗き込んだあっくんに首を傾げて見せた。


「……何かあったのか?」

「何も……」


笑って誤魔化そうと思ったのに。
何もないよと、笑顔で答えようと思ったのに。
あっくんの優しい顔を見たら、唇が震えて言葉が続かなかった。

もう少ししたら、部長が私の手紙に気がつく。
今朝、部長の部屋のテーブルにそっと置いてきた手紙に。

本当なら、自分の口から言わなくちゃいけないことなのは分かってる。
置き手紙だなんて、卑怯な手段だって分かってる。

でも、部長の顔を見てしまったら、決心が揺らいでしまう。
私から別れを口にすることなんて、とてもじゃないけど出来ないから。


「二葉……?」


隣に腰を下ろしたあっくんが、私の肩にそっと手を置いた。


「……ねぇ、あっくん、お願いがあるの」

< 197 / 282 >

この作品をシェア

pagetop