パッシングレイン 〜 揺れる心に優しいキスを
そのまま後ろから抱きすくめられた――。
部長……?
咄嗟のことに驚いて、振り払うタイミングは逃してしまった。
「ごめん……少しだけこのままで」
切なすぎる部長の声が耳の奥で反響する。
ジリジリと強められる腕の力。
胸が苦しいのは、その力のせいだけじゃない。
振り返って、その胸に飛び込みたい。
全てを忘れて、部長との未来だけを考えたい。
叶わない願いを胸の中で持て余してしまっているから。
本当なら、奪い返したい。
部長は私のものだって、あのヒトに言い放ってやりたい。
行動に移せない分、そんな想いがどんどん大きく膨らんでいく。
「部長……」
回された部長の腕を抱き締めた。
視覚的に、妊娠を隠すこともそろそろ限界を迎えていた。
今日で最後の、この会社。
部長と会うのも、これが最後。
退職の期日は今日だった。
背中に感じる部長の懐かしい体温に、気持ちがブレそうになる。