パッシングレイン 〜 揺れる心に優しいキスを
「……あ、ごめんね、海ニ。何でもないの」
そばに屈み込み、海ニの頭を撫でる。
視界の隅には、まだ立ち尽くす部長の姿が見えたけれど、何ごともなかったように下に散らばったコーヒーカップの欠片を拾い集めた。
「この子が……」
いつの間にかカウンターの前まで来ていた部長は、海ニの前に腰をかがめて肩に手を置いた。
「海ニ、おいで」
目をパチクリとさせている海ニを慌てて引き寄せる。
マスターは、何事だ? という顔で私たちを見ていた。
「あの、マスター、すみませんが、早退させてください」
早口で告げる。
「え? ん、まぁいいけれども」
面食らったようにするマスターを置き去りに、奥から急いでカバンを持ち出すと、海ニの手を引いて店を出た。
後ろで部長が私の名前を呼ぶのが聞こえたけれど、構わずに足を速めた。
忘れていたのか、今頃になって心臓がドクドクと音を立てる。
どうして部長がここに?
何をしに来たの?
いくら考えてみても分からなくて、ただ戸惑うばかりだった。