パッシングレイン 〜 揺れる心に優しいキスを

だって、友里恵さんは?


「彼女と結婚はしていない」


理解し難い話に心が惑わされる。


「二葉にはひとつだけ忠告しておきたいことがある」


部長が真っ直ぐに私を見つめる。


「……何、ですか?」


その眼差しに怯みながら、どういうことを言われるんだろうかと身構える。
心臓が早鐘を打ち始めた。


「俺を見くびらないでほしいな。あの会社は辞めたんだ」

「……え……辞めた?」


ボソボソと呟く私に、部長は「そうだよ」と頷いた。


「二葉が俺の前から姿を消した一ヶ月後のことだったよ。別の会社からうちへ来ないかって話をもらってね」


だから、『もう部長じゃない』と?


「出世と引き換えに、愛してもいない女性と結婚するつもりはなかったから」

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