パッシングレイン 〜 揺れる心に優しいキスを

差し出された部長の手を躊躇いながらも掴んだ海ニは、笑顔の部長につられてニコニコと笑みを返した。

そういえば、こんな夢を見たことがあったんだ。
不意に思い出した、あの日の夢。
あの時の私には、幸せ過ぎる想像の世界。
見ることはないだろうと思っていた光景を目の当たりにして、逆に不安に駆られた。

目を閉じて、また開けたときには、今、目にしているものが忽然と消えているかもしれない。
夢から覚めたときのように……。
怖くなって、ふたりのそばに駆け寄った。


「ママも作る?」


見上げた海ニに曖昧な返事をすると、「どうかした?」と、部長が心配そうに私を見つめる。


「……なくなったら怖いの」


言いたいことを感じとってくれたのか、部長は「大丈夫」と力強く私の手を握ってくれた。


「これからは三人一緒だ」


大きくて、温かい手。
その手に包まれているだけで、自然と心が穏やかになっていく。
消えてなくなったりはしないと、その目が言っていた。

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