パッシングレイン 〜 揺れる心に優しいキスを
④幸せを願って
「池田、ちょっといいか?」
「はい、何でしょうか」
「この資料の過去三年分をまとめてほしいんだ」
部下へテキパキと指示をする部長の声が、静粛とした部署内に響く。
連日、朝から終業時間まで、めまぐるしく仕事を片付ける部長。
以前からあった部署とは言え、編成し直されたということもあって、着任して早々、業務改革ということらしい。
付き合い始めて、まだ十日。
彼女というポジションとは、未だ程遠い。
部長の仕事が忙しくて、あの夜以来、ふたりきりで過ごすこともないのだから。
「部長、これどうぞ」
ランチを早く切り上げてデスクへと戻って来た私は、ひとり残って仕事をこなす部長の元へ、サンドイッチと牛乳を差し出した。
「お昼抜きなんて、身体に毒ですよ? 牛乳は、部長のホットミルクには敵わないですけどね」
「サンキュー、助かる」
部長は私に気づくと、顔を上げて微笑んだ。
大きく伸びをして、椅子に深く腰をかけなおす。
少し疲れた顔が気にかかった。