初恋は叶わない
「あのさぁ、そろそろ帰った方がいいと思うんだけど」


って早川の声が、足もとから聞こえたと思ったら、

砂まみれの下駄を手渡された。

いつのまに下に降りていたんだろう?

全く気付かないくらい、

私、考え込んでたんだ。


「え?あ!そっか。
明日練習早いんだよね?」

「そうじゃなくて。
やばいのは俺じゃなくて、そっち!
親、心配してるって、きっと」

「あー」

「あーって、お前な」


私の的外れな返答に、

半ば呆れたような、早川のため息。


確かにウチに連絡しなかったのは、マズかったかもなー。

お母さんは、花火が終わったら帰ってくると思ってるだろうし。

もうどれくらいここにいるのか、はっきりわからないけど、

すっかり話しこんじゃった。


「とにかく送るから。
顔も、うーん、まあ、大丈夫かな?」

「ちょっと、それってどういう意味?大丈夫って何?」


いきなりそんな失礼なこと言われたら、

怒るのは当たり前でしょ。

慌てて下駄を履いて、問い詰めようとするけど、

やっぱり、素早く降りるのは無理だった。

一段一段足もとを確かめては、睨みつける私に、

早川は子供を宥めるみたいに、優しい声で言った。


「あのな、言っとくけど、
あのまま帰ってたら、お前ん家の親、ビックリだぞ。
目は真っ赤だしさ、もう顔ぐっちゃぐちゃで」


「ウソ…!私、そんなにヒドイの?」


急に怖くなって、顔中触りまくってみると、

ほっぺは涙でカピカピに突っ張っていた。

鏡があるわけじゃなし、それ以上確かめようはないけど、

どうやらホントのことみたい。

だけど、そんなヒドイ顔、

ずっと見られてたのかと思うと、

今さらだけど、恥ずかしさがこみ上げて来た。

もう見られちゃったとは言え、

なんとかごまかせないものかと、

さりげなく頬に手を当てる。


「いや、まあ、ぐちゃぐちゃは言い過ぎかな」


って、今さらそんなこと言われたって、

何の慰めにもなってないから。

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