彼は誰時のブルース
母親からの命令と云うのには、訳がある。それに背いたら、母親は怒るのだ。人が変わったみたいに。
初めてその母と対峙したのは、越してきてから数年後、小学校の授業参観の日だった。
クラス対抗ドッチボール大会で俺は田之倉つむぎのいるクラスと当たった。
外野だった俺に、ボールが渡った。ボールを構えた時、丁度近くに田之倉がいた。
その時、特に意味はなく、彼女に当てる気が失せた。女子に至近距離で当てることに気が引けた、それだけの理由だった。わざと彼女に当てないで、違う子にぶつけた。
その直後、突然、その子は泣きだした。
「ひどいよ…っひろ君、つむぎの方が近かったのに」
因みにそれを言ったのは女の子ではなく、男子だ。
「……ごめん、蓮くん」
「ヒロは内野と外野で交互に攻めようとしたから蓮に当てたんだよ、なあヒロ」
仲間の男子がそう助け舟を出してくれたおかげで、なんとかその場は収まった。
なのに、その夜。
リビングでテレビを見ていると、母親がリモコンで電源を切って、テレビの前に仁王立ちをした。
「ヒロくん、言ったよね、あの田之倉の娘さんとは仲良くしないでって」
「………してないよ」
「わざとでしょう、今日のドッチボールでつむぎちゃんを庇ったの」
母親の説教はあまりにも理不尽だった。自分の気に入らないものを排除しようとする類のものだ。今までは適当にやり過ごしてきたが、見ていたテレビを消されて、腹が立った。
「田之倉とは口もきいてないって前も言ったじゃん!母さんには関係ねえだろ!」
ソファにあったクッションを横に投げて、母を見上げながら睨んだ。
その時初めて母親に、楯突いた。高揚感が膨れ上がる。自分が正しいことを信じて止まなかった。
母親は驚いたような顔をして、うめき声を漏らし手で顔を覆いキッチンに走っていった。
その後ろ姿を見て芽生えた罪悪感。
まずいな、といつにない展開に動揺した。右往左往して、母が消えたキッチンの方向に足を踏み出した時だ。
ふいにキッチンから顔を出した母親は、俺に目掛けて、なにかを投げつけてきた。
反射的にそれを避ける身体。
ガチャン、とすぐ横で割れる皿。
同時だった。