彼は誰時のブルース
「俺も、部屋着。これ、中学の部活着だもん。ちょっと恥ずかしいな」
と言うが、有名スポーツブランドのジャージだ。格が違う。何が恥ずかしい、だ。私の方が100倍恥ずかしい。髪だって、伸びてきた髪を軽く適当に束ねている。枝毛がちらほら見えているだろう。
「今帰り?」
「…まぁ」
早く立ち去りたい。下を向く。私の視線を見て宇野は、彼が手に持つコーラを見ていると勘違いしたのだろうか。「欲しい?」とその缶を差し出した。
「はい?」
「ごめん、冗談。そこの自販機で今買ったんだ。田之倉はなにがいい?」
思わず地声よりも低く本音で聞き返した私に、さすがに笑いを引っ込めた宇野は、再び自販機の前に立った。
「いやいや、要らないよ」
「遠慮するな」
宇野は急かすように、自販機の前で手招きをする。逃げられない。仕方なく間隔を置いて彼の隣に行く。彼はどれ飲む?と再び訊いた。改めて私は首を振る。
「あの、本当にもういいので私…」
「カフェオレでいい?」
問答無用でボタンを押して、ジャージのポケットから取り出した小銭を入れた。受け取り口近くで屈み、落ちた缶を取り出した。
「はい」
そう言い宇野は、缶を私に突き出した。自販機の光で彼の顔がさっきよりも鮮明に見えるようになる。
「………ありがとう」
視線を下に向けてお礼を言った。せっかく買ってくれたのだ。仕方なくそれを受け取った。缶のぬくもりが雨で冷えた手を温める。
コーラを飲む宇野の顔をちらりと見る。誰もが好感を持つ顔をしている。表情に乏しい気もするが。
品行良さそうな鼻筋。雨だというのに、癖っ毛がまるでない。自販機の光でまつげの影をつくる。その目が、私の方を向いた。
「…飲まないの?」
「あ…後で飲みます」
「そう」
会話が切れたので、私は貰った缶をスウェットのポケットの中に入れた。