彼は誰時のブルース



「何の本?」

「はい?」

「本屋の袋下げてるから」


 自分の左手に持つ袋を見た。暇を潰していた時、駅前の本屋で立ち読みついでに買ったものだ。


「化学の参考書…です」

「ああ、すごいな」

「いや、そんな。宇野くんの方が凄いですよ、確か、文系クラスでトップって聞きましたよ」


 彼は間髪入れずに「お世辞だな」と鼻で笑った。癇に障ったようだ。何処と無く表情が曇る。

「もういつの話ってくらい、前の話だよ」

「でも…模試で全国上位何%とかって表彰されたよね。それにほら、うちの団地、すぐ広まるから嫌でも耳に入ってくる…ハハ」

 団地の愚痴までついて出た私を、彼はじっと見つめた。その目に気付いて、から笑いを引っ込めた。

 苦手だ。その目が。萎縮するのだ。彼に見つめられると。

 大概、宇野の人柄というのは見えない。今だって何を考えているのか分からない。

 何より、今こうして顔を向き合わせていること自体、分からない。 なんの意図があって、こうして私に話しかけてくるのだろう。


「……あのさ…」


 彼が何かを言いかけたその時、自分の携帯の着信音が唐突に鳴った。

 両親に違いない。大方夕飯でも出来たのだろう。この気まずい状況からやっと抜け出せる。ごめんなさい、と断り携帯を取った。


「はい」

『あ、つむぎー、私、貴美だけど』


 見当はずれの人からの電話だった。当然、私と近距離にいる宇野にも貴美の声は聞こえているはずだ。間の抜けた声。貴美と呑気に話す状況じゃない。


「あぁ貴美、ごめん今ちょっと」

『今日七海と会ったんだけど、また七海がライブ行こうって煩くてさぁ』

「今、私さ」

『実はネットで検索したらね、ゲットしちゃったんだよ、ライブのチケット!それでね…』

 貴美は止まらない。何度も言いかけてはお喋りに遮られた。横にいる宇野は私に気を遣ってか帰らない。焦燥感が募った。

「そっか…あの、その話はまた」

『つむぎのライブのチケットも取ってあげよ…』

「貴美」

 きつい声色で会話を遮る。

「明日でもいい?今、外いるから。じゃあ、ごめん」

『あ…ごめん、つむ』


 電源ボタンを切って通話を終える。通話が切れた待ち受け画面には着信はおろか、メッセージが1通も届いていない。両親はまだ喧嘩をし続けているんだろうか。

 ため息をつきながら電話をしまった時、


「感情、露骨だな」


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